徐福と竹内文書 〖BEFORE 木曜会 #11〗
北浜のコワーキングスペース『LINKS』を経て、夕方を過ぎにシアトル系コーヒーチェーンの元マネージャーとディエゴを連れてコロマンサへ向かうヒゲの総帥。
コロマンサに到着してみると、洒落た名前の女が先客としており東京土産のえびせん(柚子風味)と、『亡命ロシア料理』という本を含む数冊を店に寄贈したところだった。ただし、自分が読みたくなったときにはまた取りに来るとのこと。なるほど、書庫代わりでも良いかも知れない。
せっかくなので、コーヒーの元マネージャー、ディエゴ、洒落た名前の女、そしてヒゲの総帥にてコロマンサの今後の展望について議論するのをキッカケにして、カフェの歴史やコーヒー文化(エスプレッソはどのように日本に入ってきたのかなど・・・)について話しはどんどん掘り下げられた。
そのうち、ハイタッチの男こと黒ずくめの冷泉がやって来て、議論へ混ざる。コロマンサで開催してみたいイベントは何か?に話しが及んだとき、洒落た名前の女がこういいだす。
「私、架空読書の会をしてみたいんです」
「カクウドクショ・・・?」、女以外の全員が顔を見合わせる。
「ありもしない本について、みんなで語りあうんです」と女は補足説明をしてくれる。なるほど、ここへやってくる酔っぱらいたちなら、幾らでもできそうなイベントである。
「つまり、適当に本のタイトルをつけて、それの読後感想をみんなで語り合うという会ですね?それは面白そうだ」と皆でやってみるが、すぐに笑いの絶えないくだらない架空読書の会ができた。
「私、その本の第二章からが好きなんです」(洒落た女)
「ああ、主人公の西村が離婚してからだね」(総帥)
「総帥は、どっち派でした?」(冷泉)
某社顧問の男も鋭くメスを入れてくる。
「作家の円城寺さん自身が童貞なのかゲイなのかって、一時期は議論の的になってましたけれど、そのどちら側として見解に立つかでも評価は分かれますよね」
ディエゴは何も言わないが、聞き役としては最高のゲストだ、次はどんな架空感想がでてくるのかを好奇の目で周囲を見渡す。自分よりも10も20も上の大人たちが、ありもしない本について熱く語っているのだ。
そうこうしているうちに、冷泉とヒゲの男のタバコが切れてしまったので、二人で近くのコンビニへ買い出しに行くことに。版画家の柿坂万作より、「冷泉さん、氷も買うてきてください」と申しつけられた。
冷泉とヒゲの男がコンビニから戻ってくると、いつの間にか他の客も会話に加わっており、話しは架空読書から旅行代理店「てるみクラブ」の破綻についてとなっていた。キャッシュフローがどれだけ大事なことなのか、カフェ男と洒落た名前の女、そして他の客の女がディエゴに説明している。
気がつけば議論に参加していた女はやたらと金に詳しいし、ディエゴへのアドバイスが素人じゃない。聞いてみると女は税理士事務所の代表取締役であり、それを聞いて「どうりで・・・」と腑に落ちた。
寺社仏閣税務などを専門的に扱う彼女自身も、相当な神社マニアだという。
「こういうみなさんのいるところで、訳のわからない私の趣味についてお話ししても・・・」と言葉を濁していたが、冷泉が許さない。
「こういうところだからこそ言いましょう」(冷泉)
「ちなみにバカっぽい話しですいませんけれど、あなたのお好きな神社ベスト3を後学のため私たちに教えてくれませんか」(総帥)
「序列も私のなかでいろいろ入れ替わるので・・・、なかなか」と正直なところをいう税理士の女。
「もちろん序列じゃなくて構いません。お好きなところを三つ掻い摘んで教えていただければ幸いです」と一応ことわると、彼女は自分的なベスト3を教えてくれた。
同席していた誰一人、そのうちのどこもわからなかった。
ナンバーワンは丹後の神社だった、ヒゲがディエゴに補足説明する。
「丹後地方は行政区分としては京都になっているけれど、元々は違う文化圏の国だったのだよ。丹後の小さな神社か…、もしかしたら徐福と関係があるのかも知れない」(総帥)
「徐福!!」と仰天した声をあげて、税理士の女が目を丸くする。自分の好物を見つけたときの子供の目である。
「徐福ってなんですか?」(ディエゴ)
「徐福っていうのは、ものすごく簡単に説明すると、秦の始皇帝から不老不死の薬を探してくるよう命じられて、日本に渡来してきた人の名前。丹後半島のどこかに辿り着いたという伝承があるよ」(総帥)
「・・・不老不死の薬なんてあるんですか??」と不気味そうな顔で問い返すのはディエゴ。
「不老不死の薬の名前、アレ、なんと言ったかな・・・。あなた思い出せません?」とヒゲは税理士の女に助けを求めるが、税理士の女も思い出せずにウーンと唸る。
「ホウライだ!思い出した!確か蓬莱(ホウライ)じゃなかったかな」(総帥)
冷泉が重い口を開く。
「ディエゴ、殴り合いしよや」
税理士の女がウイスキーをストレートであおる冷泉に構わず発言する。
「それとか、日本の昔のことは竹内文書に記されてますから」(税理士の女)
「ええっ!竹内文書!?あんなの読める人がいるんですか!?」とは仰天したのはヒゲの総帥。
「はい、日本で数人、古代文字を解読できる人が、確かにいます」と、いたって冷静沈着な税理士。
「でも、竹内文書は偽書だって評価もありますよね?」と、ヒゲの総帥は自身の疑問をぶつけてみる。
「いえ、偽書ではありません」と彼女は言いきる。
これは面白い話しになりそうだ。
店のテーブルにはいつしか、ミックスナッツがひとつの皿へ盛られていた。