暇なときに読むやつ
本を読んでいて、「1DK」「3DK」という言葉が出てきた。
(もちろん、間取りのことを言っているのであって、スマブラがやりたすぎて、いちドンキーコング、さんドンキーコングと思う私はどこにもいない)
なんの話でしたか。
スマブ…じゃなくて、「1DK」「3DK」です。
私は「ワンディーケー」「さんディーケー」と読みました。
1はoneで、3は三。
これが大発見ということではないし、ぱっと思いつかないけれど、他にもこういう例はたくさんあると思う。
ただ、この発見は、“言葉は音なんだなあ”と思わせてくれた。
私が文章を読むのが遅いのは、言葉を音として読んでいるからかなあ、と思う。
昔、速読できるようになりたかった時期がある。できるようにならなかったけど。
それは、言葉を音として読むことしかできないと言えるかな。
速読はできない。良く言えば、音を楽しむことができる。
「1DK」を「いちディーケー」と読んでも情報は伝わるし、そもそも書いてあるのを黙読するだけなら、どちらでもいい。でも、「ワンディーケー」と読みたいと思う。
言葉は、音も楽しい。
そもそも、言葉は音遊びから生まれたんじゃないかと思う。
(なんの根拠もなく、よく言えるなあ)
誰かが読むかもしれない文章を書くとき、音に気をつけていると思う。表現を迷うとき、決め手の1つに音がある。読むのだから、見た目も気にするけれど。
↑この「けれど」を、「けど」から直したのは、音が決め手。
言葉の音は楽しい。
響き、リズム、しっくり感。
受験では国語で大失敗したし、小鳥のように、(小鳥と同じく)たくさんの言葉を知らないけれど、私は言葉を楽しいと思えて良かったよ。
つまり、スマブラ…じゃなくて、言葉が音として伝わるといいなあ、と思うし、言葉を音として楽しめる暇を、余裕を持っていたい。
音を楽しみながら言葉を読めるのは、幸せだ。
心のゆとりと、本を読みたい。
暇なときに、noteを読みたい。
(スマブラとは、大乱闘スマッシュブラザーズというゲームの名前で、略して、スマブラ。大ランとも言う。どちらの略し方も好きだ。どちらかというと、スマブラの方が普及している。私調べ。言葉は楽しい。)