扣
後ろにできた足跡の上に、上手にあとずさりできたとして、次に前へ踏み出せるのは、また同じ足跡の上だったっけ。
踏み直すたび踏みしめて踏み固まる。
あとずさりは、進んできたときの逆戻しなのに、全く違う光景が広がっていたり。
同じ足跡を踏み直すのに、いつも違う場所にいるような。
昨日、ずっと大好きだった人に会った。
ふたりっきりで話したことはなかったんじゃないかと思うぐらい、久しぶりに会った。
人間は変わらないと思った。
分かることは増えると思った。
自分は面倒くさいと言い合った。
あの頃に戻ってやり直したい、と言った。
もう嫌だ、と返した。
大っ嫌いだった、と言った。
ずっと好きだった、返した。
いじめだったよね、と言った。
嫌いになれなかった、と返した。
妬ましかった、と言った。
羨ましかった、と返した。
たまに思い出す、と言った。
いつも心のどこかにいた、と思った。
死にたい人と生きていたいと思うのは、きっとこの人のせいだ。
本当に正反対だねと、つぶやき合った。
目線を合わせず、お互い違う方向をぼーっと見ながら。
ふたりを足して2で割ったら丁度いいね、と笑い合った。
苦しめ合ったふたりの正反対は、鏡写しであってほしいと思う。
楽になった、と言った。
深く刺さって、染みわたって、消えていった。
また会おうと約束した。
再会なんてあっけなくて笑けてくる。
いい意味で裏切ってくれるじゃないか。
意味ありげな前評判の映画みたいだよ。
ありがとう。
死ぬときは教えてほしい。
あとずさりでもいい。
変らなくてもいい。
分からなくてもいい。
死にたくてもいい。
前にも後ろにも足跡を見つけられなくなっても。
精一杯 踏みしめて 息をする。
(題名に意味はありません。「扣」って何本か足りないんじゃない??って思わせてくるからかわいいなと思ったけど、文章に登場させられなかったので、題名思いつかないし、題名にしただけです。おめでとう)