勘違いしないで
紅茶といえば?
お姉ちゃん。
私には2歳年上の姉がいる。
昔から仲が良かったかと言われると、うーん。
今は仲が良いかと言われると、うーん。
でも、今の関係は、なかなか気に入っている。
小さい頃は、けんかが絶えなかった。
私は、口が立つ。
いかにも正論だというような口ぶりで、姉がカチンとくる言葉を選ぶセンス、というか意地の悪さがあった。
姉は、私より体が大きいし、力も強い。
姉が一発かまして、私は、うえーん。
あたかも私は無実の罪、悲劇の主人公かのような、わめき声。
親を味方につける。
我ながら、姉は、こんなやつと仲良できるわけなかっただろうなと思う。
姉は、手先が器用で、絵が上手だ。
小学校の低学年ごろまでは、よく姉が描いた絵を見て、それを真似て絵を描いたものだ。
お姉ちゃんほどは、上手に描けないけど、きっとお姉ちゃんと同じ歳になったら、私だって。
と思っていた。
図工を教科だと感じるようになった頃には、私は姉と違い、絵が下手なんだと気がついた。
姉は、頭がいい。
だが、コツコツ努力をするのも、面倒なことをするのも大っ嫌いだから、受験勉強には向いてなかった。
それなのに、先生からは高評価を受けるから、気に食わない。
その点、私は、姉のようなヒラメキや、頭の柔らかさは無かったけれど、先生から教えられたことを真面目に、忠実にやってのけた。
なぜか先生ウケは良くないし、決して天才肌ではないが、ある程度の受験勉強はできた。
部活動だって違うし、理系文系も違う。
学生時代に、打ち込むものが違えば、進路も違った。
そんな私と姉は、趣味も好みも、価値観も全く違う。
もし、あんたがきょうだいじゃなくて、クラスメイトだったら、絶対に友達にはならない、とお互いに言い合ったものだ。
だのに、なぜだか、社会人になってからだな。
姉は私をお茶に誘うんだ。
ちょっとオシャレなカフェに連れ出すんだ。
姉は私を向かいの席に座らせる。
小洒落(こじゃれ)た服に着られることなく、自分のセンスで選んだ服を着こなして。
お店の雰囲気に浮き足立つことなく。
少しだるそうに。
私に出来ないことを、さらさらと、こなしてる。
たわいもない会話。
全然、分かり合えないけど、お互い笑いながら相手の話を聞いている。
仲良しかな?うーん。
私は、ホットコーヒーを頼む。
姉は、紅茶を頼んでいるんだろうけど、私には意味や違いの分からない、カタカナの、伸ばす音が入った、高尚そうな名前のやつを注文する。
コーヒーと紅茶が席に運ばれてくる。
そわそわペコペコしながら、目の前に置かれるコーヒーカップを見つめる私。
お店の人が紅茶を用意するのを、慣れた感じで、見守る姉。
インスタントコーヒーも、ここのコーヒーも同じような味しかしないと思いながら、とりあえず分かったように、美味しい!と言う私。
ここの、これが好きなんよねぇとか言いながら、伏せ目になって、カップに口をつける姉。
付け加えられた長いまつ毛を、ふんわり、紅茶の湯気が包み込む。
紅茶も姉も、私が纏(まと)うことのない香りをもっている。
その2つが、いっぺんに私の目の前に現れて、笑っている。
時間をかけて、私はその香りを、楽しめるようになったんだろう。
欲しくても手に入らないものを、遠くから眺め、綺麗だと、意地を張らずに言えるようになったんだろう。
紅茶のお茶っ葉、そのままでは食べられたもんじゃないんだろうけど、お湯からしみ出して、澄ました顔した後は、色付いて透き通っていて優しい。
別に仲がいいわけじゃないけど、姉は私をお茶に誘ってくれるし、私は、まあね、嫌じゃないよ。
行ってやってもいいよ。
紅茶といえば、お姉ちゃん。
紅茶って、なんか好きだな。
お姉ちゃんのことを、好きって言っているわけじゃないから。
勘違いしないでよ。
誕生日に、おめでとうも言わずにプレゼントを渡し合う仲だからね。
今度、姉ちゃんの誕生日に、紅茶でもプレゼントしようかな。
紅茶っていいな。
ほら、勘違いしないで。