黒い蝋燭 (1)
あらすじ
生田奈々は老人ホームで働き出したが、夜勤のたびに入居者が亡くなる。
殺人事件が起きるわけではないが「死神」なんてあだ名をつけられていた。そんな時奈々の前に死神が現れる。
死神との関わりで、自分が生きている理由と因縁に気がつく。
1
転職して4ヶ月、仕事にも慣れて先月末から日勤ばかりだった私のシフトにも夜勤が入っている。
今回が夜勤は4回目だけど、私が夜勤の日には誰かが亡くなる。
殺人事件が起きるわけではない。
私、生田奈々の職場は老人ホーム。亡くなる方のほとんどが老衰なんだけど、こんなに続くのは珍しい事らしい。
みんな「季節の変わり目だからね」なんて慰めてくれるけど、「生田さんは死神なんじゃないの?」と冗談を言ってくるヤツもいる。「バカな事言わないでよー」と笑い飛ばしても、内心もしかして……と傷ついていた。
2人体制での夜勤、今回の相方は高尾裕子先輩。
業務開始前に「大丈夫、そんなに続かないよ。みんな落ち着いてるし」と言ってくれた。
けど、なんだか心配。転職しない方がよかったのだろうか?
私はなんとなく就職した職場を辞めて、以前から興味があった介護の仕事に就いた。
デイサービスで3年間働き、国家試験に合格して介護福祉士になれた。
みんなに祝ってもらった。合格を聞きつけた高尾先輩も飲みに連れて行ってくれた。
以前高尾先輩はデイサービスで一緒に働いていたが今は別の所で働いている。信頼できるしいろいろ教えてくれた。私の介護の師匠みたいな人だ。
久しぶりに呑みながらいっぱい話をした。先輩が
「資格取ったんだし、また一緒に働かない?」
「今私が働いている老人ホームに転職しなよ」
と誘ってくれた。
転職なんて全然考えてもいなかったけど、資格を取って他の介護サービスへも転職しやすくなったんだよと、少し頬を赤らめた先輩は教えてくれた。
「じゃ、考えててねぇ」
酔ってるせいか、冗談なのか。なんなのかよくわからない先輩の誘いは、その後私の頭から離れなかった。
もしも老人ホームで私が働いたらーー
なんて妄想をしているうちに、先輩のいる老人ホームの面接を受け、デイサービスに退職届を出していた。
久しぶりに長い正月休みを満喫して、1月15日から老人ホームで働き出した。
特別養護老人ホーム「福寿園」入所している方が20名、ショートステイ20名の合計40名の介護している。
ベッドから車イスへの移乗、トイレの介助やオムツ交換。入浴や食事の介助。
している事はデイサービスで働いていた時とやり方は大きく変わらないけど、ルールが違う。
そこの施設にはそこの施設のやり方があって、それに慣れれば楽しく仕事ができた。
利用者さんの顔と名前が一致して、その人がどんな人でどんな支援が必要かわかったころ、夜勤にをするようになった。
今まで夜勤なんてした事がなかったからドキドキしたけど、始まってみたら緊張しているヒマはなかった。
初めての夜勤の時は一ノ瀬さん。以前から喉の奥の方でゴロゴロと痰が絡んでいて息苦しそうにしていた。看護師さんが吸引をする事で落ち着いていた。その日の前日から高熱が出て身体は熱いのに足先は冷たく血色も悪かった。
私が夜勤の日呼吸の状態が急に悪くなり、看護師や家族が到着した後しばらくして息を引きとった。
2回目の夜勤の日、数日前から食事の摂れていない二宮さんにターミナル診断が主治医から出た。
今すぐどうこう言う事ではないと申し送りがあったけど、巡回時寝ているのかと思ったら亡くなっていた。
3回目の夜勤の日はいつもニコニコしている三田さん。朝、起こしに行くと息をしていなかった。亡くなった顔も笑顔のような安らかなお顔だった。
亡くなった方々は、みんな老衰の過程で生ききって亡くなったのだ。
それなのに私を「死神」だなんて冗談にもほどがある。
夜勤中ふとそんな事を思い出してしまった。「死神」だなんて言った奴に蹴りでも入れておけばよかった。
日付が変わって午前0時、巡回の時間だ。
「奈々ちゃん、そろそろ行こっか」
高尾先輩はみんなのいる日勤帯は生田さんと呼ぶが、2人の時は奈々ちゃんと呼んでくれる。
先輩と2人で日中とは違い静かで薄暗い施設の中、順番に利用者さんのお部屋を訪ねていく。自分で体位を変えれない方は、褥瘡ができないように安楽な体位に変換していく。
だいたいの方がもう入眠していた。
半分くらい巡回して113号室の四日市さんのお部屋に入った時、何か違和感があった。
四日市さんは自分で体位変換の介助の必要のない寝返りのできる方。入眠しているのを確認して退出しようとした時、四日市さんの足元に黒い塊が見えた。他の利用者さんが部屋を間違えて寝ちゃっているのかな?と思ったその時、その塊はクルッと振り向き立ち上がった。
黒いローブを着たガイコツがフードを被っていた。傍らには大きな鎌もあった。絵に描いたような死神。
大声を出そうと思った時その傍にあった大きな鎌をつかむと、キラッとひかり私は身体が動かなくなり声が出せなくなった。
「スンマヘンな、お仕事中。驚いた?」
驚き過ぎて泣いている声の出ない私に死神は気さくに話しかける。
「ここに死神が居てると聞いたんやけど、キミか?」と顔を覗き込む。
「お仕事中みたいやから、明日にでも家の方に寄らせてもらいますわ。ほな、お仕事頑張って」
そう言って死神はスッと消えた。
消えた後身体は動くようになったが、力が抜けるようにそこに座り込んでしまった。
何?夢?はあ?混乱している私の肩をポンポンと先輩が叩いた。
驚き「ギャ!」と声が出てしまった。
「どうしたの?泣いてるじゃん、大丈夫?」と手を取り立たせてくれた。
詰め所に戻った後も何が何だかわからないままだった。
先輩に死神が出たと話しても取りあってくれず「疲れが溜まってんのよ。起こしてあげるから横になりな」と仮眠用の布団を敷いてくれた。
横になってもなんだかゆっくりできず、朝を迎えて起床の時間、朝食と眠いのも相まってぼんやりと過ぎていった。
定時になり帰宅。思えば夜勤中初めて誰も亡くならなかった。でも、変なものにあってしまった。
この先私は夜勤を、この仕事を続けていけるのだろうか?帰りながらそんな事を考えていた。
一人暮らしのアパートに戻ってきて、玄関の鍵を開けようとした時思い出してしまった。
「家の方に寄らせてもらいますわ」
見た目から想像つかない甲高く胡散臭い声。死神って関西弁なの?夜勤中の新人職員へのサプライズ?そういえば高尾先輩は妙に落ち着いていたし…… そうだ、イタズラに違いない。そう自分に言い聞かせて玄関を開けて、いつもよりちょっと大きめの声で「ただいま」と言い、家に入って荷物を放り投げた。
帰ってきた途端眠気が襲ってきた。睡魔と戦いながらシャワーを浴びる。緊張が解けていく感じ。
ホッとしてベッドになだれ込む。催眠術にでもかかったようにイチ、ニイ、サンでもう眠っていた。
目が覚めて壁の時計を見ると短針が3を少し過ぎていた。カーテンを閉した部屋では、午前か午後か、今日か明日か頭がハッキリするまでわからなかった。
スマホで日時を確認すると、今は午前3時をまわったところだった。
よほど疲れていたにしても帰宅後14時間くらい寝てしまっていた。こんな事ははじめて。
「おそよう。よー寝てたなぁ、今時の学生でもそないに寝えへんよ」
私はまだ夢を見ているのかと思った。一人暮らしのアパートのコタツに死神。薄暗い部屋に昨日見た黒いフードを被ったガイコツが座っている。
驚いてベッドから転げ落ちた。痛い!夢じゃない。顔を上げるとやっぱりいる。
「イタズラなら出て行ってよ!警察よびますよ!」なんとか声が出たが震えていた。スマホを掴んだ時
「ちょっと待って、警察呼んだところで頭おかしなった思われるだけやで」
「ワシはホンマもんの死神や、ベタで申し訳ないけど、鏡越しにワシ見てみ。映らんから、な」
恐る恐るコタツの上の鏡をとって死神を鏡越しに見てみた。鏡には死神は映らなかった。
死神はホッとしているように見えた。
「いやあああ!!」と声を上げた瞬間、死神が持っていた鎌がキラッと光り、私はまた身体が動かなくなり声が出せなくなった。
「やっぱり話を聞いてもらうにはこうするしかないか。ちょっとの間ごめんやで」と言い話し始めた。
「キミが死神、死神って呼ばれてるのを聞いて、上のもんからどんなコか見てこい言われてな」
「それに最近キミの周りで死が頻回に起きてるやろ?死神として気になるしね」
よく喋る死神だ。死神って寡黙で命だけ奪っていくものだと思っていた。
「身体動くようにするから、大声出さんとってくれる?」
身体の動かない、声の出せない私は返答できなかったけど、また鎌がキラッと光り動けるようになった。
話ができるようになった私は恐る恐る聞いて見た
「私、死ぬんですか?あと何日生きられますか?」
見にきただけの死神なんて聞いた事がない。そう思うと聞かずにいれなかった。
「ちょっとこれ見てくれるか?」
そう死神が言うとまた鎌が光り、カーテンの隙間から漏れていた明かりも、待機しているテレビの電源の赤い光さえ消えて真っ暗になった。
ぼんやりと灯るローソクが1本現れた。
私と死神が向かい合っているコタツの上に立っている。
私のローソクのイメージは和ローソクで白。だけど目の前のローソクは黒く、真っ暗な部屋では燃えている火だけが浮いているようにも見えた。
「消したらあかんよ。それキミの寿命やから」
私はサッと手で口を覆い、息ができなくなった。
徐々に落ち着いてきてローソクの灯りでよく見るとローソクの軸は長く、まだまだ消えそうにない。
「そんなローソクの人に死の宣告なんかせーへんよ。例えばこんなん」
そう言い、私のローソクの横にロウの部分がほとんどなくやっと燃えているような、今にも消えてなくなりそうなローソクとはいえない火が現れた。
「こんなんはもうすぐ死ぬわな。キミのは大丈夫や」
パッとまたローソクが現れた。「ちなみに、これはキミのお母さん」
私の黒いローソクとは違い、お母さんのだと言う白ローソクは幾分小さいがしっかり燃えていた。
その後死神は調子良くローソクを並べた。
「これはキミの親戚一同で、これは今の職場の人、この辺は前の職場の人達やったり学生時代の友達や先生。ほいで、これは、だれやったけ?」
気がつけば部屋中ローソクだらけ。
真っ暗だった部屋は明るくなって、物の位置もわかるようになった。
だけど、どのローソクも白く、黒いローソクは私のローソクだけだった。
私は両手で口を覆いながら「私のローソクだけ黒いんですけど」と聞いてみた。
ローソクの火に照らされた死神は「ええとこに気がついたねぇ。キミのローソクは『死神のローソク』や」
「消えかかっていたキミのローソクの火を、誰かが死神と契約してその黒い『死神のローソク』につけかえたんやな。だからキミは死神なんて呼ばれてるんかもな、知らんけど」
「誰かって誰?」死神に聞いて見たがわからないと言う。
「多分、キミに近しい人がしたのとちゃうやろか?」死神は部屋中のローソクを見ながら、満足気である。
夜勤明けでか、寝過ぎたせいか、ボーッとする頭で私は考えてみたが、わからなかった。
つづく