![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153696076/rectangle_large_type_2_337b3d513c3a177923b2e411919d40c2.jpeg?width=1200)
土井探花『地球酔』
土井探花さんの句集『地球酔』を拝読しました。
私は、俳句はたまに作ってみるのの、なかなかぴんとくるものが詠めない日々です。
そんな私でも読みやすい、しかし深い悩みや生きていく上での違和感ものぞかせる句集でした。
印象に残った句を引いていきます。
水中花ふと性別をその他とする
「水中花」は夏の季語です。
【薄く削って彩色した紙や木を小さく圧搾した玩具。水に浮かべると花のように開き、見た目にも涼しげな夏の遊び】とのことです。
本物の花ではなく、作り物の花なんですね。
水に沈んで人の目を楽しませるためのもの。
性別は、一体誰のためにあるのでしょう。
制度や社会が分類しやすい、システム的に便利だからでしょうかね。
「ふと」が、本当に何気なくて、でもはみ出してしまいたいのだという気持ちが伝わってくると思いました。
名月といふ塊を信じぬく
「名月」は秋の季語です。
【旧暦八月十五日の月のこと。「名月をとつてくれろと泣く子かな」と一茶の句にもあるように、手を伸ばせば届きそうな大きな月である】とのことです。
月が綺麗で、とりわけ大きく見える日は、なんだかありがたく感じます。
お月見という風習があるくらいです。
でも主体はどこか違います。
まず月を「塊」と捉えているのです。
そして「信じぬく」です。
周りの人がありがたがっているのをみて、「あの塊はきっと何か特別なものなのだ」と認識して、意志を持って信じようとしています。
どこか不器用さも感じますよね。
私は、この主体の感覚が好きだなぁと思いました。
福引に醤油を当てて和解する
「福引」は新年の季語です。
【もともとは正月遊び。二人で餅を引き合って取った餅の多少によってその年の禍福を占った。現在では、くじを引いて豪華な景品をあてるという、客寄せの催し物として通っている】とのことです。
お醤油は豪華賞品でしょうかね?
うーん、一等が商品券や旅行券などと考えると、はずれではないけれど、そこそこという感じでしょうか。
生活の役には立つので嬉しいと言えば嬉しいですかね。
主体は一体何と「和解する」のでしょう。
私は、主体を取り巻く世界全てとの妥協点を見出すと読みました。
決して楽ではなく、どちらかというと不運寄りの人生だなという認識が主体にはあるのではないでしょうか。
そこにちょっとしたラッキーが舞い込む。
「今日のところはこれで許してやるか」という心の声が聞こえてくるような気がしました。