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第3話「私の物語」-私と家族の物語
カタカタ…カタカタ…
キーボードを打つ音が、静かな部屋に響く。
画面に映る文字たち。それは、これまで取材してきた人々の人生だ。
ふと、手が止まる。
私は深いため息をついた。
「どうしたの?」
後ろから聞こえてきた声に、はっとする。
振り返ると、そこには母の優しい顔があった。
「ああ、母さん…ちょっと行き詰まっちゃって」
「そう…」
母は静かに微笑んだ。
「あなたね、昔からそうだったわ。人の話を聞くのは上手なのに、自分の話をするのは苦手で」
「え?」
「だから今回も、自分の話を書くのに困ってるんでしょ?」
図星だった。
私は苦笑いを浮かべながら、椅子から立ち上がった。
「ねえ、母さん。散歩でもしない?」
母は嬉しそうに頷いた。
外に出ると、初夏の風が頬をなでる。
木々のざわめきが耳に心地よい。
遠くに聞こえる川のせせらぎ。
「ねえ、覚えてる? この道」
母の言葉に、私は周りをじっくりと見回した。
「あ…」
懐かしい記憶が蘇る。
小学生の頃、学校から帰る道。
重たいランドセルを背負って、
一歩一歩、家路を急ぐ私。
「そう、ここよ」
母の声が、過去と現在を繋ぐ。
「あの頃は大変だったわね。あなたが小学校に上がったばかりの頃…」
母の声が少し震えた。
「父さんが…亡くなった年だっけ」
私の言葉に、母は静かに頷いた。
「そう。突然のことで、私も途方に暮れたわ。でも…」
母は私の顔をまっすぐ見つめた。
「あなたが頑張ってくれたから、私も頑張れたの」
その言葉に、胸が熱くなる。
記憶が走馬灯のように駆け巡る。
父の葬式の日。
黒い服に身を包んだ大人たちの中で、
わけもわからず立っている私。
母の泣き顔。
でも、私の前では笑顔を見せようとする母。
「あの頃は、本当に何もわからなくて…」
私の言葉に、母は優しく頷いた。
「そうよね。小学生のあなたに、全てを理解しろなんて無理だもの」
二人で歩きながら、思い出話に花が咲く。
父との思い出。
母との日々。
そして、少しずつ前を向いていった私たちの姿。
「でも、不思議なのよ」
母が空を見上げながら言った。
「あの頃は本当に大変だったはずなのに、今思い返すと、幸せな思い出ばかりなの」
その言葉に、はっとした。
「そう言えば…灯台守の佐伯さんも、同じようなことを言っていたな」
「え?」
「ああ、取材で会ったおじいさんなんだ。灯台守として大変な仕事をしてきた人なんだけど、『振り返ってみれば、全てが輝かしい思い出さ』って」
母は興味深そうに聞いていた。
「それに、シングルマザーの佐藤さんも…」
私は、これまで取材してきた人々のことを、母に話し始めた。
灯台守の佐伯さん。
シングルマザーの佐藤さん。
彼らの物語を語るうちに、私は気づいた。
「ねえ、母さん」
「なあに?」
「私ね、今まで自分の物語なんてつまらないと思ってた。でも…」
言葉を探す。
「でも、みんなの物語を聞いているうちに、気づいたの。私たちの物語も、誰かにとっては特別な物語なんだって」
母は優しく微笑んだ。
「そうね。誰の人生にも、輝く瞬間があるのよ」
二人で歩く道。
懐かしい風景。
そして、新しい発見。
「ねえ、母さん。私の原稿、読んでみる?」
「えっ、いいの?」
「うん。母さんに読んでもらいたいな」
家に戻り、私はパソコンの前に座った。
母は隣の椅子に腰かける。
カタカタ…カタカタ…
キーボードを打つ音が、再び部屋に響く。
今度は、迷いなく言葉が紡ぎ出されていく。
私の物語。
母との思い出。
そして、これまで出会った人々との繋がり。
全てが、一つの物語として紡がれていく。
「『人生の物語作家』。そう名乗っているけれど、本当は私自身が一つの物語の主人公だった」
画面に映る文字に、母が目を細める。
「私は、末っ子として生まれ、お金で苦労した子ども時代を過ごした。父を早くに亡くし、母と二人で必死に生きてきた」
指が止まることなく、キーボードを叩く。
「でも、その経験が今の私を作っている。人の話を聞くこと、その人生に寄り添うこと。それが私の仕事であり、使命なのかもしれない」
母が静かに頷くのが見える。
「灯台守の佐伯さんは言っていた。『人の話を聞くことは、その人の人生に光を当てることだ』と」
深呼吸をして、続ける。
「シングルマザーの佐藤さんは教えてくれた。『希望を持ち続けることの大切さ』を」
そして、最後の言葉を綴る。
「そして今、私は気づいた。全ての人生には物語がある。それは、輝かしいものもあれば、苦しいものもある。でも、その全てが私たちを作っている」
「素敵ね…」
母の目に、涙が光っていた。
「ありがとう、母さん」
私は母の手を握った。
「私の物語を作ってくれて」
母は優しく微笑んだ。
「いいえ、あなたが自分で紡いできた物語よ」
窓の外を見ると、夕日が美しく空を染めていた。
カタカタ…カタカタ…
キーボードを打つ音が、静かな部屋に響く。
それは、新しい物語の始まりの音。
私の、そして誰かの、大切な物語。
深呼吸をする。
心地よい疲労感。
そして、確かな充実感。
私は、もう一度深呼吸をした。
今日という一日が、私の人生の新しいページを開いた気がした。
そんな、特別な夕暮れどきだった。
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