短編小説 「ミーシャの贈り物」
古いレンガ造りの家々が立ち並ぶ、ヨーロッパの小さな町コッツウォルドの路地裏で、一匹の子猫が生まれました。灰色の毛並みに白い靴下を履いたような足先、そして澄んだ緑色の瞳を持つその子猫は、母猫に見守られながら、寒い秋の夜を過ごしていました。
その子猫を最初に見つけたのは、パン屋のマルガレーテおばあさんでした。毎朝4時に起き出して、町の人々の朝食のためにパンを焼く準備をしていた彼女は、お店の裏口で震えている子猫を見つけました。母猫の姿はもうそこにはありませんでした。
「まあ、かわいそうに」そう言って、マルガレーテは子猫を温かいキッチンの中へ招き入れました。新しく焼き上がったパンの香りに誘われるように、小さな鼻をくんくんと動かす姿に、彼女は思わず微笑みました。
「ミーシャ」と彼女は名付けました。ロシア語で「神様の贈り物」という意味です。確かにミーシャは、この町への贈り物となったのです。
パン屋の看板猫となったミーシャは、朝早くからパンを買いに来る常連客たちの人気者になりました。特に、学校に行く前に母親とパンを買いに来る子どもたちは、ミーシャと遊ぶのを日課にしていました。ミーシャは優しい性格で、子どもたちが撫でても決して怒りませんでした。
パン屋の向かいには、一人暮らしのヨーゼフおじいさんが住んでいました。奥さんを亡くしてから、めっきり外出も減り、寂しい日々を送っていました。ある日、ミーシャは窓辺で物思いに耽るヨーゼフの姿を見つけ、屋根づたいに彼の家の窓までやってきました。それ以来、ミーシャは毎日午後になるとヨーゼフの家を訪れ、彼の膝の上で昼寝をするようになりました。
「この子が来るようになってから、家の中が明るくなった気がする」とヨーゼフは近所の人々に話すようになりました。彼は再び散歩に出かけるようになり、パン屋に立ち寄ってはミーシャの様子を尋ねるようになりました。
町の図書館で働くアンナは、読書中の人々の膝の上に乗って本を覗き込むミーシャの姿に気付きました。特に子どもたちが本を読む時間には必ずやってきて、物語を聞くように耳を傾けているように見えました。アンナはミーシャのために子ども向けの読み聞かせコーナーに小さなクッションを置き、「図書館の副館長」という肩書きまで作ってあげました。
春になると、ミーシャは町の広場にある花屋のマリアの店先で日向ぼっこをするのが好きでした。マリアは花の水やりをする時、いつもミーシャに話しかけていました。「今日はチューリップが咲いたわ」「この薔薇の香りはどう?」まるで親友と会話をするように。
ミーシャは、町のお祭りの時も大活躍しました。提灯が灯る夜の広場で、子どもたちと一緒に走り回り、お祭りの賑わいに花を添えました。誰かが悲しんでいれば、そっと寄り添い、誰かが喜んでいれば、一緒に嬉しそうな声を上げました。
年月が流れ、ミーシャも年老いていきました。足取りは遅くなり、屋根づたいに歩くこともできなくなりました。でも、相変わらずパン屋の窓辺で町の人々を見守り、図書館で子どもたちの読書に付き合い、ヨーゼフの膝の上で幸せそうに昼寝を続けました。
そして、ある冬の朝、ミーシャはマルガレーテのパン屋の暖かいキッチンで、静かに永遠の眠りにつきました。15年もの間、町の人々に寄り添い続けた彼女の旅立ちを、多くの人々が悼みました。
町の広場には、ミーシャを記念した小さな銅像が建てられました。本を読む子どもの膝の上で微笑む猫の姿は、今でも町の人々に温かな思い出を届けています。
春になると、銅像の周りには色とりどりの花が咲き誇ります。マリアが毎年、大切に植えているのです。図書館では「ミーシャの本棚」という児童書コーナーが作られ、たくさんの子どもたちが集まっています。
ヨーゼフは今でも午後になると広場のベンチに座り、ミーシャの銅像に向かって「今日も良い天気だね」と話しかけます。そして、マルガレーテのパン屋では、店先に置かれた猫用の小さな水入れが、これからも訪れるかもしれない新しい「神様の贈り物」を待っています。
町の人々は信じています。ミーシャは今、虹の橋を渡り、天国で見守っていてくれることを。そして、彼女が残してくれた温かな思い出は、世代を超えて語り継がれていくことでしょう。
まるで童話のような物語ですが、小さな命が、これほどまでに多くの人々の心を温め、幸せを運ぶことができるのだと、ミーシャは教えてくれました。彼女の物語は、命の尊さと、分け隔てない愛の大切さを、静かに、でも確かに伝えています。
虹の橋の向こうで、きっとミーシャは微笑んでいることでしょう。彼女が愛した町の人々が、今日も優しい心で支え合って暮らしている姿を見ながら。