あの子はなでられない猫だった。あの日までは。

その子は触れない、なでられない猫だった。この世に生を受けてから2年近く、この子は人の手の温もりを知らなかった。温もりを与えてやりたくとも、その子は断固拒否の姿勢。どうにもならない、と、思っていた。あの日までは。

サビ猫のチャコさまである。この子は、2019年5月、生後8~9ヶ月で、保護猫カフェから我が家に来た。保護猫カフェのサイトに掲載されていたのを見て、連絡したのがきっかけである。その猫の紹介文には、「頭が良すぎて警戒中」とあった。警戒していても、猫なんだからそのうち馴れるだろうくらいに思っていた。甘かった。

チャコさまは、1年経っても、我が家に来てから、一度も触らせることがなかった。近付けば逃げ、虫の居所が悪ければ口と手が出る。猫の本気噛みや引っ掻きは、時に洒落にならない怪我になる。こちらとしても慎重にならざるを得ない。たまに用事でキャリーに入れなければならない時は、二の腕まである革手袋を装着し、覚悟を決めて追いかけ回す。そしてチャコさまは大・小・肛門腺と、一通り失禁する。そんな日々が一生続くと思っていた。

2020年4月頃。手作り猫じゃらしを購入したのをきっかけに、自分でも作れそうだと、私は手作り猫じゃらしを作っていた。そのテスト風景をアップしたのは、既報の通りである。ある日。何の偶然か、それが何のきっかけだったのか、全く今となっては思い出せない、わからないのだが、手作り猫じゃらしの持ち手部分で、チャコさまの頭をなでられることに気付いた。そこで、はたと思い付いたのだ。

手作り猫じゃらしでなでるばかりでなく、猫じゃらしと同じ素材でブラシ状のものを作り、なでることができるのではないか。

これは、保護猫団体が、猫を馴らしていく時に、歯ブラシの先にさらに棒を付け、遠くから猫をなでられるようにして「なでられることは気持ち良いこと」と覚えさせる、というノウハウを応用している。なぜ棒を長くするのか。それは、なでられて気持ち良い時に、徐々に棒を持つ手を猫側に近付けることで、手への恐怖心をなくしていくためである。

早速私は「なでなで棒」と名付けて、小さな箒状の物体を作った。材料は手作り猫じゃらしと同じ、竹ひごと麻ひもと木工用ボンドである。これらの匂いは、チャコさまにとっては怖くないのだ。

ボンドが乾いた頃合いに、試しにチャコさまをなでてみた。想像以上にうまく行った。チャコさまは用心することなく、おとなしく頭をなでられていた。

そして、連日のなでなで訓練が始まる。結果論としては、現時点では決まった場所と時間という条件のもと、素手でなでられるようになっている。それでも、最終目標である「抱っこして身体の手入れ」まではまだ届かない。なでなで訓練は続いている。

信頼関係を築く作業である。チャコさまは臆病なのだ。臆病ゆえにいろいろなもの、こと、ひとを怖がり、怖いがゆえに口も手も出てしまう。その臆病をいかにして乗り越えてゆくか。チャコさまもこちらも試されている。

チャコさまの人馴れの様子を、思い出しつつ少しずつ綴っていこうと思う。

サポートしてくださると猫のゴハン代になり、猫じゃらしの素材代になります。趣旨に賛同できる方はお願いできれば幸いです。