<ソロカバー曲短編小説> 少女、レイ ~下~

<注意書き>幽夏レイさんのソロカバー曲(焦点を一つに当てたかった)を投稿順にかつそれぞれの歌詞から読み取れる情景をモブ視点で、自己解釈で繋ぎました。
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

第四.五章

私は夢をみた。永い夢だった。
そこで私は人魚。手招いてはバイバイ。多分恥ずかしかったから。
でも唄は聞いて欲しかったの。

めんどくさいかな。そんなことしてたら誰も居なくなっちゃった。

一人は悲しくて、息苦しくて、海とは違う空の青に憧れてしまって。
飛び出してみたの。

そしたらね、いなくなった皆が居たの。
うれしくて歌って、踊った。最初はみんなも笑顔だった。
次第に潮が引いていくように、周りの顔から感情が去ってくのを感じた。

もういいよ、満足したよ、そう言いたげな顔だった。
私はまた会えなくなる気がした。

いやだ

だから歌いつづけた、踊りつづけた。
喉がかれても、腕が上がらなくなっても、足の皮がめくれても、

・・・私自身の悲鳴が聞こえても。

永い永い夢だった。

目が覚めた私は気づく。傷跡の目立つ手足。ぼろぼろの一張羅。泣き腫らして紅くなった目じり。

ギシギシと鳴る到底座り心地など一切配慮していないこの椅子が、かび臭さが、今は丁度いい。

スクリーンには永遠と流れ続ける『これまでの私』。見なくても分かる。身体が覚えている。夢なんかじゃなかった。あれは現実で今は現在なんだ。

私は誰?

見ないで。目をつぶってほしいの。
構わないで。離れていてほしいの。
探さないで。一人にしてほしいの。

だから目の前のあなたへ。
離して。もう飽きられるのは怖いの。

でもね、本当はこうも思ってるの。

どうか、どうかその手を離さないで。


第五章

あの子の手を掴んだあの後、夢を語りあったんだ。
ここで過ごした時間の中で一番短くて、だけど一番輝いていた。

過去を清算して残った未来への焦燥を、一緒に口に出して言霊に、描いて絵画に。嫉妬、杞憂、期待、ないまぜにして沢山生み出した。

じゃあね、そう言って互いの道を歩みだす。もう振り返ることはないだろう。そうだといいな。

一枚一枚がフリップブックのように動き出す。
同じ場所、同じ時間を互いに過ごし、過ごした時は点となって線になる。
だけど僕らは決して交わらない。どこまでも漸近線。

つかずはなれず。

空が青い、海が青い、陽の眩しさに目を細める。
切り取られた世界の中でキミの影を目で追いかける。
離れているけど、たしかにそこにいることを感じる。

次第に陽が沈み、空の青が赤に飲み込まれ、夜になる。

夜は嫌いだ。君の足跡が見えないから。
夜は嫌いだ。静けさに潰されそうになるから。

それでも大丈夫。あの日触れたキミの心が僕のコンパスだ。暗闇の中を、澄んだ青色の思い出が指す。
焦らなくていい、一歩ずつ。それで良い。それで良いんだ。

良い聞かせて、でもやっぱりふと願ってしまう。

『声が聴きたいよ』


第六章

夜のとばりは未だ降りたままだ。
暗闇の中、僅かに差す光を頼りに少しずつ前へ進む。
黒い感情が襲い掛かり気が狂いそうになる。

それでも、キミが僕をわすれない限り前を進めるんだ。
僕らがこの道を進むことを決めたあの時から、ずっと。

遠くから光が一筋。そして分散した無数の光が世界を包みこむ。
次第に朝焼けが青に変わっていく様をみて、あの日の別れ際のキミの顔を思い出す。
 
幽かにほほ笑む朧げなキミの顔を。

そうだ。あのときキミは何かを告げようとしていた。
思い出し、僕は探す。
しかし、キミの面影はどこにも残ってはいなかった。

キミが望むなら、独りぼっちのキミの手を僕は何度でも掴もう。
だからお願いだ。もう一度だけ会いたいよ。

願いは聞き届けられる。

白い肌の、初めて出会った時の無垢だったキミが現れ、指をさす。

そこには華のように美しいキミが水面に浮かんでいた。
別れた時の微笑みを浮かべたまま横たわっていた。

既に息はない。
慌てて少女の方向を振り返るが、もう居ない。

僕は前へと進むことが最善だと思っていたんだ。
それはエゴだった。僕がキミのモラトリアムを奪ったんだ。
花瓶はすでに亀裂が入っていて、それを僕が壊してしまった。

僕が彼女を殺したんだ。

繰り返さないと、もう離さないと誓った言葉が虚構へと成り下がる。
涙が零れる。感情のままに濁った泥を目頭から押し出す。

落とした涙が空に吸われていく。
しかし空は意に介さないのか、雲一つ作らず嘘みたいに晴れ渡っている。

綺麗な顔で横たわるキミを見つめる。
僕はこれからどこへ進めばいい。何を支えに生きればいい。
問うても帰ってこない。泣き腫らした瞼が重い。
この重さに委ねられたらきっと楽なんだろう。

意識が朦朧とする。
足元で君にそっくりの女の子が手招きするんだ。
もういいかな、もういいよね。僕はその手を取った。

深い海の底に沈みながら、キミは僕の手に軽く口吻をして言う。


「君は友達」



終章:転調。のち、新章。

潮騒が耳朶を打つ。
意識の回復、五体の満足を確認して僕は独り浜辺でうなだれる。

またキミを一人にしてしまった。

辺りは静けさに満ちていて、淡い月明かりが濡れそぼった僕を照らす。

あまりに綺麗なものだから、
卑屈な僕は隠れるように近くの木陰へと向かう。
道中足がもつれ何度も転んだ。そんな道化をスポットライトが優しく包み込む。
僕はこんなにも惨めなのに、キミが居ない世界はこんなにも優しい。
見上げた夜空は酷く滲んでいて、目の前が眩む。

目を擦り、落ち着きを取り戻して、これからを考える。
キミありきで語った僕の夢は挫折した。
何者にもなれない僕が出来ることは何だろう。

僕はこれからの夢を考えた。何度も、何時間も考えた。
キミが笑ってくれるようなきれいな夢を、考えた。

出した答えが恥ずかしくてありもしない笑い声が聞こえた。
でも僕はわざと聞こえないふりをし続ける。
これから歩むのは君への贖罪で僕の挑戦だ。

形のない歌を、君の語り部になって歌い続けた。
雨の日も、風の日も、誰かの笑顔を何より愛していたキミの代わりに。

今はまだこれが正解なのか分からない。
それでも少しだけ、あの時触れた君のぬくもりに近づけた気がしたんだ。

水平線から朝陽が零れる。
透かした手のひらが温かい。今日もまたキミを追いかける。
もう片方の手をぎゅっと握りしめる。今日もまた僕は歌を歌う。

待っててね、会いに行くから。





 








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?