短編小説「私がシンデレラの継母です」
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私の話を記事にしたいなんて、あなたも変わり者ですね。
誰が信じてくれるというんです、すっかり世間で私は悪ものです。
えぇ、正直に言うと、まさか、こんなことになるなんて思いもしませんでした。
私のやり方は、やはり間違っていたのでしょうか。
国外追放された娘二人は、前の夫との子です。
子どもの頃から、裕福な生活に憧れていた私は、持ち前の若さと野心で、村一番の富豪と結婚することに成功しました。
しかし、二人の子どもが幼い頃に彼は亡くなり、残された財産は、予想外にも、私たち三人の女が一生楽して生きるにはほど遠い程しか残されていませんでした。
私にとって娘二人は、もちろん目に入れても痛くないかわいい存在です。それは今でもそうです。思春期に入った頃から少々生意気になった節がありますが、私も身に覚えがあるものです
父親を亡くした二人がかわいそうで甘やかしすぎたせいもあるのかもしれません。少々ワガママなお嬢様達に育ってしまいました。
再婚した夫は遠出の仕事が多く、家にほとんどいませんでした。妻を亡くしてからは、家のことは、うちの娘達より幾つか下の、彼の一人娘がしていたようです。
ねぇ、健気でしょう。
シンデレラは掃除、洗濯、料理と一通りのことはできましたが、誰にも教わらずにやってきたことが明白でした。
掃除は基本である上から下への法則をまったく無視し、拭き上げた床の上に棚の上の埃を落とし、料理は、何をイメージしたのか不明な、謎の物体が皿に盛られていました。
しかしそれらから、この愛らしい女の子が幼少の頃から一人で家を切り盛りして生きてきた背景が垣間見えてしまって、私は同居二日目で涙を禁じ得ませんでした。年齢を重ねる程に涙腺ガバガバになってきており、ましてや子どもの話なんかもう涙腺壊れ案件間違いなしなのです。
私はこの子の母親だ。継母というやつだが、この子の母親に心からなる。
そう強く決めた私は、イイトコロに嫁に行くことが女の最大の幸せという、めんどくさいこの世の中を、どうサバイブしていくか・・・そのノウハウを教え込んであげる!と内から無限に溢れ出る母性にのみ込まれていきました。あの頃の私は無限母性でした。
シンデレラは本当に愛らしい顔をしており、その星空を写す湖面のような目で訴えかけられれば「掃除はもういいから、あんたはあっちで座ってお菓子食べながらネトフリでも見てなさい」と喉元まで出かけましたが、窓枠の角にこんもりと盛った埃をそのままに、ネズミになにやら話しかけ始める姿を見て、このままじゃアカンと気を引き締めたものでした。本当はアカギレのできたその手を今すぐさすって、抱き締めてあげたい衝動に駆られていましたが。
ネズミやら小鳥やらに話しかけ、突如一人でさめざめと泣く悲劇のヒロイン気質は、あの子の持つ感受性の豊かさであり、うちの娘達と同じ「お年頃」というやつでもあるのでしょう。そう思って私はさほど気にしていませんでした。
とにかく、私が持っているものを全てこの子に注ぐのだ!
あの頃の私は熱くなりすぎたゆえに盲目でした。
細い棒の先にボロになった服の切れはしを巻けば、窓枠の掃除にぴったりであることとか、肉はただ焼けばいいのではなく、野菜やハーブ系の葉と焼いたり煮たりすると美味しい、とか。
私が教えるものが、あの子にとって幸せになる武器になるのだと、信じて疑いませんでした。もしかしたらそれは、愛娘というより、愛弟子に対する感覚に近いかもしれません。
それも、彼女からすればいい迷惑だったのでしょうね。
上の二人の娘達が彼女のことをよく思わなかったのは私のせいもあるのでしょう。
家事は一通り教え終わっていた上の二人には、私はもう口うるさく言っていませんでした。シンデレラが登場し、私が彼女ばかり構うようになって、娘二人は二人で徒党を組み出していました。
件のパーティの話ですね。確かに私はシンデレラを連れていきませんでした。彼女は純粋過ぎるがゆえの危うさがあり、夜の社交場など早すぎるように思えました。
私がパーティに連れていかなかったことについて、あの子の美しさへの、妬み嫉みがあったせいだと、どの記事にも盛りたてるように書いてあることはもちろん知っています。
そうですね・・・連れていかなかった理由に不純物ががまったく混じっていなかったかと言えば嘘になります。上の娘二人が、自分より器量のよいシンデレラを連れていくことをよく思わないであろうことをわかっていて、私は不満が募っていた彼女達の希望を優先させた節もあります。
しかし、華やかなだけではない、大人の様々な欲望がうごめく空間であるダンスパーティなどに、あのシンデレラを連れていくのはやはり、頭巾程度の防具ひとつで、少女に猛獣のいる森を抜けるお使いをさせるくらいに残酷なことのように思えたのも事実です。
えぇ驚きました、あの時は。どんな魔法を使ったのか、彼女は見違えるような姿でダンスホールに舞い降りました。ドレスは彼の母親のものだったのかもしれませんが、まるで新品のように見えました。
そこでは誰もが、私たち親子を含め、彼女に目を奪われていました。それは王子も例外ではなかったんですね。
私は王子が、彼女の手を取った瞬間に、悟りました。私が教えてきたことは無駄なのかもしれない、と。
事実、あの子は今家事どころか、ほとんど歩かずに済む暮らしを手にいれた。女が楽して生きるにはハード過ぎるこの世の中で、あの子は私が目指していた以上の位置まで登っていきました。
そして、シンデレラの証言から、王子の采配で娘二人は国外追放。
なぜ私だけがここに残っているのでしょうか。
ねぇ記者さん、シンデレラが私を城で雇うよう申し出たそうですよ。おかげでこの快適な城で、得意な家事を、彼女の為に毎日しています。
こき使われた恨みを晴らす為なのか、はたまた私の歪んだ愛に対する温情なのか。
わかりません。最早シンデレラは、私のような一女中と対等に話せる身分ではありませんから。
ガラスの靴には、今でも上の娘二人が爪先やかかとを削った時の血の痕が残っていて、拭っても拭っても取れないそれが、私の育て方の過ちを責めてくるようで辛いのです。
了