エッセイ「引っ越しドキュメンタル①」
引っ越しをしようとしている。
30代後半、多いのか少ないのか知らないが、人生で5度目の引っ越しだ。引っ越し、ワクワクする。うそ。引っ越し後の妄想でワクワクしているだけで、その前に立ちはだかる面倒に次ぐ面倒の山脈のせいで長らく先延ばしにしてきた。黙っていたが私には先延ばしの才がある。悲しいかな共に引っ越しする夫にも同じ才がある。めっちゃある。
最初の難関である物件探しが終わり、審査も無事通ったところで、滅多にない引っ越しという行事をメモっとこうと思う。長くなりそうよ。
直近の引っ越しは、男のひとり暮らしの部屋に転がり込んだ約4年前。当初は逃げ場が無くなるのをこわがって、ほとんど帰らなくなった自分のひとり暮らしの部屋を中々解約できずにいたが、いい加減無駄出費だと、重い腰を上げて退去した時は宅急便と赤帽で済ませた。転がり込みスタイルなので家具を伴わないライトな引っ越しで済んだのだ。今のところ逃げ場は無くても問題無い。荷物と一緒に私を運んでくれた赤帽の若い兄ちゃんは、最近できた彼女を「幸せにしたいんすよ」と惚気ていたが今でも仲良くやってるかな。
その前は女2人のルームシェアからの独立引っ越し。言うたらあれが、大人になって自分でした唯一の引っ越しらしい引っ越しかもしれない。引っ越し業者使ったし。
それ以来となる今回の物件探しは、約8年ぶりだ。色々と思い起こされる、8年前のもろもろ。
ネットで探しても埒があかないこととか、よくあるネットの「引っ越し業者に一斉見積もり」を出した直後から電話が鳴り止まなくなって恐怖したこととか、内見中に「今決めないと他に決めそうな人がいるんです」という脅しがかかったこととか。ああクソめんどい。やだやだ引っ越しなんか。大体引っ越しって語源なんだよ。
今の部屋は2人暮らしには狭いけど場所も雰囲気も気に入ってるし、まぁいいじゃないか焦らんでも。そう誤魔化しつつ住んできたが、「趣味キャンプ」が思いがけず人生に加わり、めんどくささに収納スペース欲しい気持ちが勝って、いたずらに物件を検索するだけの日々に終止符を打つことにした。
いくつか気になる物件の内見申し込みの電話をしたが全滅。全て、「少し前に申し込みが入ってしまった」らしい。
ほら。知ってた。これだから引っ越しってやつは。
しかし、動き出せばせっかちになる私は「ネットだアプリだしゃらくせぇ!現場だ!」とさっそく不動産屋にアポを取って向かった。ほぼ年寄りの思考。いくつか候補を出してもらいその日のうちに2件回った。1件はまったく無しだったが1件はわりとあり。え?1日目で?
何件も回って悩んだ方がよくない?そもそももっと場所を広げれば家賃据え置きでもっと理想なところが見つかるよね?でも場所最高だし、実際タイミングは大事っぽいし、収納スペース申し分ないし…。不動産屋は「正直この条件でこの周辺だとこれ以上の物件は紹介できません」って言ってくるの散々ネットやアプリで見てきた私からも脅しでは無い気がするし。
とりあえず夫に見てもらおうと次の休みに行ってもらったら、私が見た2階は申し込みが入ってしまい、キャンセルが出た最上階になっていた。
え?2階がよかったのに2階、申し込み入っちゃったの?え?ちょっと焦っちゃうじゃん。とびきり美人ってわけじゃないのに追いかけたくなっちゃういい女なの?
私、ちょろい。驚きのちょろさだが、夫も気に入ってるし(主に収納スペースを)悪いことは無い気がする。
ちなみに購入の考えは、年齢的に何度も頭をよぎったが、賃貸でここまでヘトヘトになる私には無理な決断だったわ。一生物の住まいを手に入れると共にたぶん10歳老ける。
焦りは禁物とわかっていても引っ越したい気持ちが高まりすぎている私は決断した。そうだ、終の住処を探してるわけじゃあるまいし!もう日々の生活でそこら辺のマンションを舐めるように見る気持ち悪い私とはおさらばだ!
しかし、審査に入りますよーというタイミングで私は恐ろしい女性にあってしまった。彼女は言葉巧みに、カリスマ性を感じるほどの引力で、私が今まさに申し込まんとする物件を止めてきたのだ。
もっといいところあるよ、早まるな、知り合いのいい不動産屋さん紹介するよ。
いや、ほら収納スペースがすごくて、と反論すれば「君はクローゼットに住むの?」というキラーワードが出てきた。心からの言葉なので揺さぶられてしまった私は「ちょっと、審査待ってもらっていいですか?」と不動産会社にラインしていた。こわい。もしかして私は新興宗教や支配してくるママ友とかに、いともたやすく取り込まれてしまうタイプなのか?壺買っちゃうのか?
しかし数時間後には今までの色々を思いだし、夫にも電話して正気に戻った私は、審査進めてくださいとラインをしていた。まぁどっちがよかったかなんて未来は比べられないし、彼女はいつもおもしろくて親切である印象は変わってない。同じく引っ越しを考えている友達も横で震え上がってたけど。
ところで走り出していた私の遥か後ろ、スタートラインより前のところで「まぁ今の生活に不満ないし、そのうちいい部屋みつかるんじゃない?」とスケボーをくるくる回してキャッキャッ遊んでいた夫が、急に引っ越しに対してギアを入れてきて、いつの間にか私に並走するどころか追い越さん勢いで走ってきて驚いている。
「この収納スペースならここら辺のもの全部収まって居住スペースは今の倍になる」「壁が厚くて頑丈だから火事にも強いし最上階でも暑さはそれほどでも無いのでは」等々不動産屋よりいいところを私に挙げてくる。こ、こいつ童話「うさぎとかめ」のかめさんかよ。楽観的で、ものの良いところをすぐ見いだすことができるのは彼の美点だが、追い越された私はいささか納得がいかない。文句をつけられるよりは一億倍いいけど。
審査中も本当にここでよかったのか、と引っ越しブルーになって物件検索がしばらく止まらなかった私だけど、探せば探すほど今が最良の選択のような気がして結局私も楽観的なのだ。審査が降り、退去の申し出もした今ワクワクが大幅リードしてる。
ちなみに引っ越し先は今のマンションから徒歩5分もかからないところ。平尾駅周辺愛してる。ただ1つ言いたいのは頼むから急行止まってくれ。
次回「今時の契約って契約者が不動産屋に行く必要ないのかよ!」と「我が家に引っ越し業者がやってきた!」の2本をお送りする予定。