短編小説「十五の秋」
落ちそうになったイヤホンを、右耳に押し込めた。うるさい風の音がNOKKOの声にかき消される。ざまあみろ。手さぐりで、ポケットの中のウォークマンのボリュームを上げた。
まもなく現れる上り坂に向けて、ペダルに勢いをつける。右足と左足が、自然と両耳で鳴るドラムのリズムに合っていた。セーラー服はすでに汗だくだし、前髪は額に張り付いて気持ち悪い。けれど一瞬も止まりたくはなかった。
夕日が山に半分かじられて、辺り一面真っ赤に染まっている。この坂を越えれば、すぐ西新だ。
今日は朝から最低な気分だった。
最近ずっと、洋子も真由美もローラースケートでぐるぐる回るアイドルの話しかしない。おもしろくなくて、あんな歌が下手な男のなにがいいの、言ってみたら今日一日、二人と目すら合わなかった。明日からずっと、今日みたいに一人でお昼を食べるのかと思うと気が滅入るけれど、謝る気なんかさらさらない。
午後の進路指導は、いつも通り退屈だった。志望校を記入する欄に何も書かず提出したら、放課後呼び出しをくらった。不良なら他にいるのに、私だけ呼び出されるのは納得いかない。行きたい学校が無かったから書かなかっただけだというと、勝手に西陵、筑女、と書かれた。冗談じゃない。制服がダサい所も女しかいない所も、お断りだ。
帰って引き出しを開けたら、明らかに誰かが触った痕跡があった。右手の一番上の、鍵がかかる引き出し。こっそり買った、真っ赤な口紅とピンクのマニキュアの場所が移動している。その下の日記が開かれたのは確実だ。怒りで眩暈がした。日記とあるだけのお金とウォークマンだけ持って、自転車に飛び乗った。
黙って家を出てきたけれど、そろそろ母親は私がいないことに気付いているかもしれない。心配して、日記を勝手に見たことを思う存分後悔すればいい。泣いて謝ればいい。少し位、家に帰らなくったって、生きていける気がする。
坂を上りきると、次は長い下り坂だ。一度止まって深呼吸をする。ペダルを一漕ぎすると、勝手に加速を始めた。落ちていく。周りの景色が猛スピードで後ろに消えていく。私は大声でレベッカを歌った。向かい風のせいで少し涙が出た。
了