短編小説「goodmorning!!!」
暑い。
息苦しい程の蒸し暑さと、瞼の向こうの明るさに、五十嵐の意識がぼんやりと浮上した。次いで渋々と五感も業務を開始し、やがて、五十嵐の子どものように小さな身体を、絶望が覆いつくした。あまりに完璧な絶望感に、思わず吐息だけで笑ってしまった。
狭い視界に映るのは、アスファルトの黒い粒でできた地面と、見覚えのある景色。自宅であるマンション近くの、コインパーキングだ。車も人気もない。
起きたら、タイムズに転がっていた。これほど絶望にまみれた朝を迎える女が、果たして今、この街に後何人いるだろうか。
うー、とか、あー、とか、呻き声を口の中だけで発して咀嚼する。ゲロったな、と気づきたくないことにも気づく。
ぴくりとも動ける気がしなかった。このまま一生を終えたい、と思う一方で、きっと明日の朝には働いているな、という確信もあった。今は二足歩行さえできる気がしないのに。
死にたい。声にならない声で、青天井の下、一人唱える。
この季節、日陰といえども、このままだと希望通り遺体になってもおかしくない今の惨状は、五十嵐の精神と肉体、どちらにも多大なるダメージを与えていた。しかし、この絶望感は最早慣れ親しんでいるもので、そのこともまた次の絶望を呼んだ。絶望と絶望に挟まれ、仲良くお手手を繋いでいる五十嵐は、未だアスファルトの上で死体のように転がっていた。
しかし、視線の先の、生い茂っている木々の緑がキラキラと輝いて見え、また耳に入ってきた鳥がさえずる音色が、信じられない程美しく聞こえ、絶望のどん底にいながら「なんと世界は美しいことか」と阿呆みたいに感動していた。アルコールはまだ抜けていないらしい。
ふと、昨日、会社の同僚に告白されたことを思い出した五十嵐は、大人しそうな、そして思い込みが強いであろう彼に、ぜひこの姿を見せてあげたい、と思った。普段、愛想も口数も貧困な五十嵐に、彼は何かしらのロマンを見出だしたようだったが、ゲロと共に地面に転がる今の姿は「静かに笑うあなたのことが好きです」という言葉を完膚なきまで後悔させる自信があった。愕然とし、嫌悪感を露わにするロマンチストな優男の顔を想像してみると、笑いが込み上げてきて、ふふ、と声が出た。