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短編小説「村井の石」

  • 838文字

学生時代の村井の印象は誰に聞いても、物静かで優しそうな女の子、でだいたい統一される。
いつもクラスの端っこにいるような子だったが、のんびりとした雰囲気の彼女は誰にも嫌われることがなかった。
村井は周りからよく相談を受ける子だった。終始穏やかな笑みでうんうんと聞き、絶妙なタイミングで「わかるよ」と言える才能があった。所謂聞き上手で、相手がどんな言葉を欲しているのか、どう判断してほしくてその言葉を選んでいるのか、村井には容易く察することができた。
村井は、自分の言葉に、相手が面白い程思い通りの反応をすることで、優越を感じるようになった。言葉少なく、もっともらしいことをもったいぶって言えば、村井の評価は“おっとり”から“落ち着いている”に進化した。
大人になるにつれ、村井の周りには弱った人間が集まるようになっていった。持ちかけられる相談は、学生時代とは比べ物にならないような重くて、生々しいものばかりになったが、村井は相変わらずうんうんと聞いた。そして、気付く。人は肯定してほしいだけではない。否定されたい時もある、と。また、極端で過激な言葉ほど、人の心を揺さぶるのだ、と。迷っている人間には、はっきりとした口調で道を示してやると、抵抗するどころか全てを委ねてくる。
村井は30歳で結婚し、旦那の田舎に引っ越した。山に囲まれた小さな村に、村井はその才能で、あっという間に馴染んでいった。
村井の元には話を聞いて欲しい人、迷っている人が絶え間なく訪れた。村井が話を聞くだけで、人々は感謝して帰った。
最初はお守りだった。
その辺に転がっている石を、安物の小さな巾着袋に入れて、毎日のようにやってきては、体調のこと、お隣さんのことを愚痴っていくお婆さんに、「お守り」として渡してみた。彼女は涙を流さん勢いで、感謝し、お金を置いて行った。
瞬く間に村中に村井の「お守り石」は広まった。
これが、教祖、村井しずかの莫大な脱税が発覚し、一躍全国にその名を轟かせた信仰宗教「光の村」の始まりの話である。


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