もけると物語【12:建築家アスプルンドさんと死生観】
「ようこそ、放送室へ!」
管理人ピエロさんに案内されてたどり着いたのは談話室とドア1枚で繋がるもともとあった管理人室でした。室内を見回してちょっとだけ分かりました。巷のラジオ局によくあるようなマイクやら関連機材が部屋の片隅に揃っていたんです。古びてはいたんですけど、村人たちと磨いて再生させたようです。
「古地図はご覧になりましたね」
「あぁ、あれね。塚が村のあちこちにあるんだね」
「仰る通り、塚でいっぱいでございます」
「ところで、朝のお散歩なんだけど」
「はい、全て準備万端でございます」
墓地と聖地
「何の準備?」
数人の村人たちが準備していたのはネットワークシステムでした。点在する塚でインターネットによる情報共有やライブ配信ができるようにするためだそうです。村人たちが持っているパソコンやタブレットあるいはスマートフォンを持ち込んでオンラインでテストしていたみたいです。
村全体は屋根裏部屋の窓から見渡せるんです。塚にいた村人たちが遠くに見える屋根裏部屋に向かって身振り手振りしていただけでした。ジャンプしたり、大きく手を振ったりして「ネット通ったよっ」「俺が映っているかい?」って屋根裏部屋のチェック係に合図を送っていただけなんです。意外にも「やることめっちゃアナログじゃん」とクスッと笑いながら朝の散歩の正体を聞いていました。
点在する塚を今後どのように使うかについても教えてくれました。塚はクリエイターのための創作スペースとして、そして妄想アパートメントもけるとはクリエイターのための宿泊施設として復活させるのだそうです。以前もお話しましたけど、もけるとの村はとても天候に恵まれていて、朝の霧もや以外はほとんど雨は降りません。だから、もけるとから各塚までの道のりはそれなりの距離はあるんですけど、とはいえ快適な散歩道なんです。すべての塚がきれいな装飾で仕上げられた芸術品ですから、クリエイターにとってはまたとない空間での創作活動になるんじゃないかなって思うんです。利益うんぬんはともかく、採掘の墓場が妄想の聖地として再生されるんです。それだけでワクワクしちゃいます。
以前、とても地味な外観なのに世界的に有名なスネルマン邸を模型にする機会がありました。スネルマン邸を設計したのは、スウェーデンの建築家エーリック・グンナール・アスプルンドさん。なんて表現すれば良いのか分からない不思議な建物です。見た目はとってもシンプルでどこにでもありそうな外観の住宅。でも、L字型の建物は直角では交わっていなかったり、幅が徐々に狭まる内部通路で部屋が結ばれていたり、正円ではない円形の部屋があったり。よく見ると窓の位置もきれいには並んでいないんです。1階と2階の窓が徐々にズレていて全くその意味が分からない。でも、そこには自由が感じられるし、そんな違和感を見つけた時は楽しいというかウキウキ感さえあるんです。
アスプルンドさんは「森の墓地」のコンペを共同で勝ち取り、生涯を掛けて創り上げました。墓地でありながら多くの建築家や建築を志す者が訪れる聖地でもあり不思議な場所。きっとスウェーデンの宝なんだと思います。私にはそんな「森の墓地」がもけるとの村人たちの塚と重なって見えてしまいます。スウェーデンの死生観がこの「森の墓地」に表現されているとしたら、もけるとの村の塚もまさに村人たちの遺産であり歴史であり死生観。スウェーデンの死者が還る森の墓石は美しさすらまとい、安らぎの原風景としてそこに居続ける・・・塚もそうあって欲しい。
復活と再生
「何考えてたんだっけ?」
またしても模型を思い返しての妄想で恐縮です。塚がクリエイターの創作の場として生まれ変わる話を聴いていたらアスプルンドさんの建築を思い出しちゃいました。
「運動会をしましょう」
「え?」
「とは言いましても、スポーツではございません」
「なんなん?」
「職人泣かせの競技会でございます」
ということで、また何やら考えていることがあるようです。そのための準備というわけではないんですけど、インターネットの整備だったことは分かりました。3つの収入源を持つお話をしましたけど、そもそも、もけるとの村は職人の村でもあるんですよね。その職人たちがスキルを競う村の競技会ってことでしょうか?でも、それならわざわざインターネットで塚を結ばず、一か所に競技者を集めて競い合えばいいだけのお話。ところが違うんです。職人が素人に打ち負かされることもあるユニークな競技会のようです。要するに、部外者も大人も子供も楽しめるハードル低すぎなイベントってことです。
「スキルシェアと村の認知度アップが目的です」
管理人ピエロさんはそう話してくれました。ということは、どうやら本気で村の再生にチャレンジするみたいです。
この続きは企画室で議論されるそうです。企画室なんてどこにあるんだろう。ビックリが続きます。ちなみに、放送室の設備を屋根裏部屋に持ってきたのは村が一望できるからと意外なほどアナログな意見からだそうです。