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【掌編小説】憧れのお姉さん

山根あきらさんの企画に参加させて頂きます。

憧れのお姉さんは、学校への通り道にある洋館に住んでいた。初めて見掛けたのは、その洋館の奥に青いスポーツカーがひっそりと停められていた日だった。散り際の桜の花びらが、青いメタリックなスポーツカーにはらりと落ちた。

お姉さんは、少し茶色がかった黒髪を後ろでゆるく束ねていた。彼氏さんなのだろうか? 男性に抱えられながら、少しふらふらとした足取りで洋館の中へと吸い込まれていった。

一瞬のことだったけれど、僕はその時見たお姉さんの瞳が印象的で、胸が高鳴った。

翌日から僕は、学校へ行くのが楽しみになった。正確には、その洋館のお姉さんに出会えたらいいなという淡い期待が生じたからだ。
だけど、そんな僕の期待は見事に裏切られ、青いスポーツカーもなければお姉さんの姿も見えなかった。


季節は移り変わり、僕はすっかりそのお姉さんのことを忘れていた。


或る日、突然の雨に傘のない僕は、雨宿りできる場所を探していた。そして、洋館の前に辿り着いた。洋館の前にあるバス停で雨宿りをすることにした。僕がバス停のベンチに座ると、ちょうど洋館の二階の窓が見えた。そして、その窓の向こう側に、あの時見たお姉さんの顔が見えたような気がした。僕は、もう一度見えないかな? と雨の止むのを待ちながら、お姉さんが再び現れるのを心待ちにしていた。
すると、洋館からかすかにピアノの音が聞こえた。これまでに聞いたことのないような美しいメロディーだった。



そのピアノの旋律が鳴り止むと、窓辺にお姉さんの姿が見えた。遠くを見ているような表情に思えた。僕は、その人にすっかり心を奪われてしまった。ずっと見ていたいような、そんな美しい表情だった。

そして、次の日も会えることを願いながら、帰り道に洋館の前を通ると、なんとお姉さんはベランダに立っていた。初めて窓の外に出て来たお姉さんは、僕が想像していたよりも色白で、目鼻立ちが取った、まるでフランス人形のような美しさだった。僕は、思わずバス停のベンチから立ち上がり、洋館の方へと歩いて行った。

その瞬間、そのお姉さんがベランダから転落した。一瞬の出来事だった。
僕は、急いでベランダの方へと駆けつけた。息を切らして辿り着いたベランダの下に、お姉さんはいなかった。


僕は、自分の目を疑った。「確かに、落ちるところをみたのだ」どうしてどこにもお姉さんがいないのか理解できなかった。
お姉さんを心配する気持ちを抱えながら、洋館の門を出ると、一人の老婦人に出会った。何か御存知かもしれないと思い、尋ねてみた。


「あの、この洋館に住んでいるお姉さんのことを知っていますか?」
「え? この洋館には誰も住んではおらんがの、春先にここで殺人事件があってな、若いお嬢さんが亡くなったと聞いておるよ・・・」





全身から血の気が引いた僕は、なぜか涙が込み上げて止まらなくなった。




エドゥアール・ヴォルフ :歌詞のない、オリジナルのポーランド歌 Op.136-1
Kenji Nさんの演奏をリンクさせて頂きました。ありがとうございます。