夏休みの思い出
【ショートショート】
僕は、夏休みが嫌いだった。
なぜかというと、夏休みは宿題がたくさん出るし、学校に行かないから友達にも思うようには会えない。当時は、携帯なんかなかったから、遊びたい時には広場に行って、そこにいる集まった人同士で遊ぶようなところがあった。夏休みは、山のような宿題に押しつぶされそうになりながら、皆、それぞれに暇な時間をもてあましていた。
あれは、小学校4年生の夏休み、この日も僕は、母が作ってくれた弁当を一人で家で食べて、遊びに出掛けていた。「誰かいないかな」と思いながら広場に行くと、その日は一人も来ていなかった。そこで僕は、広場を通りすぎて、どこか遠い所に行ってみようと思った。
歩いていると小川があった。せせらぎが心地よく、川に、沿ってずっと歩いて行きたい気分になった。気が付くと、細い山道を歩いていた。
ふと、後ろから足音がするのに気が付いた。振り向くと、1年生になったばかりくらいの女の子が、僕の後ろで、にっこりと微笑んでいた。僕は、驚いた。でも、一人でいるよりもずっといいと思って、女の子に話し掛けた。
「名前はなんていうの?ここの学校の子かな?」
女の子は、小さな声で答えた。
「私の名前は、浦河涼花。おばあちゃんちに遊びに来たの。」
「そうなんだ。おばあちゃんちがこの辺りなんだね。一緒に遊ぶ?」
「うん。」
「1年生くらいかな?」
「ううん。私、まだ学校に行ってないの。」
女の子は、そう言うとにっこりと微笑んだ。僕は、その笑顔を見て、なんだか淋しそうだなと感じた。学校に行っていない幼稚園くらいの女の子だから、おばあちゃんちに来て、お母さんや、お父さんに会いたくなったんだろうと思った。
「じゃあ涼花ちゃん、僕が見付けたこの町全部が見える場所に行こうよ。」
「うん。」
女の子は、そう言うとにっこりと微笑んだ。さっきよりも、楽しそうな笑顔だった。僕は、うれしくなった。
僕は、一人ではない安心感から、歩きながらアニメソングの鼻歌を歌った。女の子の子は僕の音程の外れたその鼻歌を笑った。少し険しい坂道も、二人で鼻歌を歌いながら歩いて行けば楽しかった。
ようやく「この町全部が見える場所」にたどり着いた。僕は、そこから見える、この町の主な建物を女の子に紹介した。女の子は、相づちをしながら聞いてくれるので、僕はなんだか嬉しくなって、夢中になって説明をした。
「ねえ、お兄ちゃん、また遊ぼうね。」
女の子が、不意にそう言った。僕が、振り返ると、そこには、もう女の子はいなかった。「門限があるから、先に帰ったのかな?」僕はそう思った。
その日の夕食に、母は、カレーを作ってくれた。今日は、山道をたくさん歩いたので、お腹がすいていた。母のカレーは、少し辛いチキンカレーだ。「今頃、あの女の子もおばあちゃんの家で、夕食をたくさん食べているんじゃないかな。」そう思った。
少し辛いカレーをお代わりしながら、家族で夕方のニュースを見ていた。
次の瞬間、僕は、混乱状態に陥った。
アナウンサーは言った。
「4年前の今日、行方不明になった浦河涼花ちゃんが、溺れたとされる川に、献花が手向けられました。」
TSNさんのステキな写真をトップ画像に使わせて頂き、ありがとうございました。