![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/170643948/rectangle_large_type_2_242927e6539a7ebf7edbf7e9b2b8a765.jpeg?width=1200)
RTA in Japanができるまで
はじめに
2016年12月に第1回目のRTA in Japanが開催されてから数年経ちました。
今では大きなイベントとなったこのRTA in Japanですが、最初の開催は多くの人の手を借りながらも重大な意思決定については私ひとりで決めていました。
そのため、そもそもどのようにしてRTA in Japanが生まれたのかについての経緯を知る人が少ないです。
結論から言うと運と偶然が重なったとしか言いようがないですが、私がRTAと出会ったときからRTA in Japan開催までを時系列で文章として残しておきます。
小学生の頃
私がRTA(※)に初めて出会ったのは小学生の頃です。
今でも販売されているゲーム総合雑誌『週刊ファミ通』にて、ゲームをやり込んだ模様をVHSビデオに録画して送ると、優秀作は特集として掲載してくれるシステムが当時は存在していました。
![](https://assets.st-note.com/img/1737276861-SMhbP8ZRFz4ILfdtH1GiClUw.jpg)
誌面上にはアクションゲームのノーダメージクリアやRPGの低レベルクリア、他にも様々なやりこみが掲載されていましたが、そのやりこみの中にゲームの早解きも含まれていました。
初めてゲームの早解きの存在を知ったときの衝撃は忘れられません。
そもそもゲームを早くクリアしようなどという発想すらなかった自分にとって、誌面上で展開される記録の数々は想像を超えたものでした。
誌面に載っているのは僅かな解説文章とゲームの画像のみですが、自分がクリアに何週間もかかっていたゲームがわずか数時間で攻略されているのです。
この衝撃が忘れられず、これを機に自分でもゲームの早解きを試みるようになり今でもRTAを遊んでいます。
※厳密には当時はRTAという概念自体が存在しておらず、ゲームクリアまでの実時間を計測するのではなくゲーム内で記録されるゲーム内セーブ時間を競うもので、名前も単純にタイムアタック(TA)と呼ばれていました。
社会人の頃
小学生の頃から社会人に時間が飛びますが、この頃のRTAはファミ通の誌面上での公開ではありません。
インターネット上でのテキスト公開が主でしたが、今のように動画共有サイトや配信サイトを使った公開へと時代が移りつつあった頃です。
今のRTA in Japanを決定づける出来事がこの頃起きていました。
![](https://assets.st-note.com/img/1737679857-T9W8NI3n6giEDJsuVjZS7kAG.jpg?width=1200)
どこからの紹介だったのかは忘れましたが、アメリカのスピードラン共有サイト『Speed Demos Archive』を教えてもらうという出来事がありました。
これはRTA動画のアーカイブを置くWebサイトです。
早速興味を持ってサイト内を見ていくと、Forumに『Cash bounties for speedruns』というスレッドがありました。
お金を払ってでも見たいRTAがあるのでそれに報奨金を出すという内容のスレッドで、ここに私が小学生の頃からひたすらやり込んでいた『ヴァルキリープロファイル』の名前があったのです。
無料でいくらでも見せるけどなぁと思いつつ、そもそも報奨金を出してまで見たいRTAがあるという方に興味を持ってコンタクトを取ってみました。
お話を聞いてみると求めているRTAは全アーティファクトを取得して最も良いAエンディングを目指すというもので、ヴァルキリープロファイルには北米版と日本語版がありますが日本語版でプレイしても大丈夫とのことです。
似たようなルールのRTAをしたことはあったので、早速動画を撮ってSpeed Demos Archiveに送ることにしました。
![](https://assets.st-note.com/img/1737275554-KlUPQDyq6SLvhAcxrWVnuBeR.jpg?width=1200)
上記は実際のメール画像ですが、英語と日本語が分かるMTさんという方にお願いしてやり取りしています。
当時は数GBのサイズのファイルをアメリカに送る手段に乏しかったので、方法としてファイル共有ソフトを使うという内容ですね。
メール中でMikeとなっているのはMike Uyamaという方で、これは後にRTA in Japanを開催する上で参考にしたアメリカのRTAイベント『Games Done Quick』の主催者です。
実は2009年時点で既に2016年に開催するRTA in Japanの布石は打たれていたのです。
実際にRTA in Japan開催に向けて動いていたときも「自分の動画のメール連絡を担当していた人ができたんだから自分もできるだろう」という根拠のない自信に基づいて動いていました。
Games Done Quickの成長と日本のRTA
RTA in Japanの話へと移る前に、RTA in Japanが参考にし、RTA in Japanより先に発足したRTAイベントであるGames Done Quickについてお話ししておきます。
![](https://assets.st-note.com/img/1737680241-hBloRbVYfevjUuWNMQDgw4T1.jpg?width=1200)
Games Done QuickはSpeed Demos Archiveのメンバーを中心として2010年に発足し、現在までイベントが開催され続けています。
2010年開催当時の配信をたまたま私は視聴していましたが、RTAイベントではなくオフ会のついでにカメラを付けてゲームを配信していると勘違いしたくらいのものでした。
後にWikipedia経由で知りましたが、このときは会場を借りることができず主催の自宅を使って配信していたようで、ここからも最初のGames Done Quickがどれほど小規模なものであったのかが分かります。
![](https://assets.st-note.com/img/1737726630-zgpiJDl9YO1B5UZdKaTtfF4c.jpg?width=1200)
しかしGames Done Quickはみるみるうちに成長していき、2010年代後半にはホテルをまるまる一軒借り切ってイベントを行うようにまでなりました。
成長していくGames Done Quickを見て私が感じたのは危機感です。
アメリカではRTAでホテルを貸し切れるほどの規模になっていましたが、その当時日本ではRTAをひとつの会場で代わる代わる披露するということがほとんど行われていませんでした。
また、これもアメリカのRTAのレベルが高くて日本のRTAのレベルが低いのなら納得できますが、そもそも日本のRTAのレベルは当時からアメリカと比較して特段低かったわけではありません。
技量の高い日本のRTAを見たいと、日本のプレイヤーをGames Done Quickに呼ぶためのお金(渡航費など)を集めるイベントが開かれていたくらいです。
![](https://assets.st-note.com/img/1737679558-KAHXbf9TiBJFU0mvYdxZjeL4.jpg?width=1200)
RTAを人前で披露するためにはアメリカまで行かなくてはならないというのは負担が大きすぎるのをどうにかしたい、またRTAとはプレイヤー同士の知識の集合知という側面もあり、ひとつに集まれる場所がなければ日本のRTA自体が衰退してしまわないかと考えたこともあり、それならGames Done Quickのようなイベントを日本で開いてしまえばいいのではと思い始めるようになりました。
7144 RTA Relayの開催
日本でも大規模なRTAイベントを開きたいと思い実行するわけですが、RTA in Japan開催に先駆け、そもそもRTAを連続で代わる代わるプレイすることがイベントが実現できるかどうかを試すために『7144 RTA Relay』というイベントを開きました。
これは参加者も自分の知り合いのみを集めたもので、イベント名は私が配信しているコミュニティで使われるポート番号から来ています。
イベントを開くにあたり、まず最初にネックとなったのは会場選びです。
参考となるGames Done Quickではホテルを使っていますが、ホテルを会場にするということは2025年現在のRTA in Japanでも実現していないくらい高いハードルです。
![](https://assets.st-note.com/img/1737284970-sVtWZw74aKQvnpyofhiBd1HO.jpg?width=1200)
なかなか良い会場案が浮かばない中で、ふと見ていたアメリカのRTAイベントであるRPG Limit Breakの配信画面を見てある疑問が浮かびました。
「明らかにホテルではない会場だが、もしかしてレンタルスペースか何かを借りているだけなのではないか…?」
実際の会場は大学のゲストハウスだったようですが、レンタルスペースを借りているに違いないという勘違いから東京のレンタルスペースをひとつひとつ調べていくことになりました。
インターネット回線と配信PCさえあれば最低限の要件は満たすだろうと考え、池袋にある条件の合うレンタルスペースでイベントを開催することにしました。
開催時の実際の配信映像がまだ残っていますが、ゲーム映像とタイマーとカメラだけあるというもので、走者名も解説名もなし、まだ顔出しに抵抗がある方が多くカメラの面積もかなり小さめにしていました。
ここで初めてイベントを行ったわけですが、実際にイベントを行って知ったことは、ゲームを新たに始めるための準備に時間がかかるということです。
個人配信では配信前に4,5分準備をすればすぐに配信を開始できる状態に持っていけます。
しかし、イベントはそうではないという今では当たり前のことを知らなかったのです。
最初のスーパーマリオブラザーズのRTAのカテゴリは本来Warplessの予定でしたが、開始時間が遅れたために早く終わるAny%に変更してもらったりしています。
また間近でRTAをしている人を見ることができるというのも新鮮でした。
凄いプレイを澄ました顔で連続して行うような人でも、困難なテクニックを要する箇所ではコントローラーを持つ手に力を入れているのが近くにいると伝わってくるのです。
この7144 RTA Relay開催前にもオンラインのRTAイベントは数多く開かれていましたが、リアルで開催するイベントはそれとは違い熱量まで分かるという強みがあることをこの時理解しました。
Twitchとの出逢い
7144 RTA Relayと並行し、Twitchの方ともやり取りをしていました。
これは本当に偶然なのですが、たまたまRTA関係で知り合った韓国の方(日本語が堪能)が韓国のTwitchにいつの間にか入社していたのです。
7144 RTA Relay開催日を含めた日程でちょうどTwitch Koreaの上司も日本に来ており、話の席を設けられないかと提案があったため二つ返事で承諾しました。
実際に話の席でRTAについてお話ししたことは以下のようなことです。
Twitchにはspeedrunningという役職がある
日本でもRTAイベントが生まれたらいいなと思っていた
RTAイベントがチャリティであることについて
前ふたつのことについては、日本でRTAイベントについて聞きたくてもそもそも誰にコンタクトを取れば分からなかったとのことです。
ここではそれは自分であると見栄を張っておきました(当時も今もそうですが私自身の知名度はないです)。
次のチャリティイベントについて、これは本当に衝撃的だったので今もキーボードを打つ自分の心が動揺しているくらいですが、このような問答がありました。
自分「GDQ(Games Done Quick)は何故チャリティイベントなのか」
Twitch「我々はGDQではないのでTwitchの立場として言うと、私たちはGDQについては“マリオが早くクリアできれば人を救える”という価値観を生み出したことを素晴らしい点だと思っている」
これは思ってもいなかった回答でした。
そもそも私の質問も、GDQは毎回1億円くらい寄付があるんだからそれをすべて資産運用に回し、積み重ねて得る配当金などを使ってイベントを回していくようにすればノーベル賞のように資産運用益だけでイベントが回るようになるのではという自分の考えが先にあり、内容的にはチャリティを疑問視する考えからだったのです。
そして、そもそも私はGames Done Quickを通じて慈善団体に寄付をしたことがあり、チャリティについても理解があると思い込んでいました。
寄付はしたことはあれど、実情としてはその寄付はどちらかというとプレイのパフォーマンスに対するお金と考えており、そのお金が人を救うのに使われていることを想像できていなかったのです。
そして、寄付によって人を救えるということを実感として持つことは自分になかったものですが、そもそも日本の普遍的な価値観の中にないものではないかと思いました。
この考えは絶対に日本に持ち込んだほうがいいと思い、この時点でRTA in Japanはチャリティイベントを目指すべき(※)だと決意したのです。
※実際には最初期のRTA in Japanはイベントを開催し続けるだけで精一杯で、チャリティへ向けて始動するのに数年かかっています。
ちなみに初期に韓国のTwitchメンバーが関わっているという話はAutomatonさんが行ったTwitch Japanのインタビューでもされています。
RTA in Japan発足時はTwitchには相当ご負担をお掛けしたので成功と言ってもらえるのは嬉しいですが、興味がある方はこちらの記事もぜひ読んでみてください。
RTA in Japan開催に向けて
Twitch Korea経由でTwitch Japanの方々とも連絡がつき、話し合いの結果、配信に必要なものやイベントのための人員集めはTwitchでサポートする形に、会場の選定や実際にRTAをプレイする人たちを集める役割は私が担うことになりました。
まず会場ですが、Games Done Quickと同様に24時間稼働し続けるイベントを目指していました。
しかし、そもそも24時間入退室可能な会場で、かつレンタル料も安いところはなかなか見つかりません。
これは確かSNSのフォロワーの方から教えてもらいましたが、秋葉原に24時間可能で安い会場(現秋葉原ハンドレッド)があるということでそこを借りることにしました。
当時はハンドレッドスクエア倶楽部と呼ばれていた会場ですが、この会場は2019年まで使われ続けることになります。
ちなみにこの会場は東京在住でないと下見に行けず、かつ契約もできないとう縛りがありましたが、後にRTA in Japanの運営になるメンバーにまだ運営でも何でもない(※)のに代理で行ってもらっていました。
※初期のRTA in Japanでは、運営でも何でもないのに運営以上に働いてくれていた人に後で声がけして運営に加わってもらうことが多かったです。
そして実際にRTAをプレイする人たちを集める件については、私がRTAの情報をまとめるWebサイトであるRTAPlay!を持っており、アクセス数も上々で知名度も無名ではなかったことからそこを使うことにしました。
また私自身の知名度がなく虎の威を借りたい状況だったため、直近のGames Done Quickに参加した方たち4人を運営に招き入れ、信頼性を高めた上でRTAプレイヤーの募集を行うことにしました。
そのおかげか第1回目からRTA in Japanのゲーム応募数はそれなりにあり、採用倍率も2倍程度と定員割れすることなく集められました。
![](https://assets.st-note.com/img/1737810146-ihS8GnrT1PfcslZjtAvkqdmU.png?width=1200)
さらにロゴなどのイベントに関わる重要な画像は当然私が用意することになります。
7144 RTA Relayのときに話を繋げてくれたTwitch Koreaの方に相談し、まず日本のイメージを聞いたところ以下のような答えが返ってきました。
「日本のゲームという観点で見ると、例えばマリオの敵キャラであるクリボーですら可愛らしく作られている。欧米のゲームのキャラクターではそうはいかない。それが日本の強みではないか」
との回答を得られました。
これは納得だと早速知り合いのデザイナー(現在も続投)に相談し、可愛らしく作ってほしいと依頼して候補を数十案いただき、完成したのがRTA in Japanのイベントロゴです。
開催時から現在に至るまで、何となくRTA in Japanの配信レイアウト(特にセットアップ時)が可愛らしい感じに作られているのはこの時にいただいた意見が大元です。
ちなみにRTAちゃんとして親しまれているキャラクターも同デザイナー作ですが、これは前述したRTAPlay!で使っていたマスコットキャラクターを流用しており、これに関しては以下の記事が詳しいです。
これにて会場選定と実際にゲームをプレイする走者集め、さらに重要な画像作成が終わり、RTA in Japan1回目が開かれることとなったのです。
まとめ
たまたまメールの担当者が後のGames Done Quickの主催だった、たまたまTwitchに知り合いがいた、たまたま良きデザイナーとも出会えていた、イベント開催を支えてくれる多くの人たちがいたと、最初に結論から述べた通り運と偶然が重なって出来たのがRTA in Japanです。どれかひとつでも欠けていたら実現できていなかったでしょう。
ここからRTA in Japanがスタートし、苦難の連続で色々な方に多大なるご迷惑をお掛けしながら現在へと至ります。
RTA in Japan開催後も公にされていない部分で書けることは色々あるのですが、文章も長くなってしまったのでひとまず今日のところはこれで締めとします。