札幌がひどいのか、私に耐性がなくなったのか
私は、「弁護士は弱い人たちの見方でなければならない」というポリシーを持っていて、債権回収や企業法務主体の今の事務所に入ってからも、法テラスから依頼される貧困層の方の法律相談や刑事施設にいる人の法律相談をやっています。
Xにもちらっと書きましたが、実はここ数日、これらの件でちょっと困った事態になりかけています。
かなりザクっというと、昨日相談に来た精神障害がある女性から「けがをさせられた」といちゃもんをつけられていて、先日相談した受刑者からは「どうしてあなたが継続して相談できるような段取りをとらなかったのか」とちょっと責められているのです。
いずれも言いがかりではあるのですが、どちらの方も「自分の目で見た世界が真実」という方なので、それに反する対応をすると、この先どういうことになるかなあとやや気が重くなります。
また、個人的に、札幌の法テラス利用者(受刑者含め)の「質の悪さ」をかなり感じています。
これまで私が経験してきたのは、名古屋と東京ですが、ここまでひどくはなかったという感触です。
まず、札幌の法テラス利用者のドタキャン率は半分以上です。
私は事務所の都合で債務整理相談を受けられないので、これを含めるともしかするとここまでひどくないかもしれません。
ですが、一般相談に関しては、法テラスから法律相談の打診があっても電話すらかかってこないのが半数、予約をとっても来ない人もいますし、昨日来た女性は30分以上遅刻しました。
受刑者の法律相談も、東京や名古屋は真摯なものが大半で、相談後におかしないちゃもんをつけてくる人はいませんでした(ひとり、私が受任した事実がないのに、裁判所に私が受任したと連絡した人がいて、その人の相談はその後すべてお断りするようになったということはありましたが)。
札幌、ちょっとひどいなあ、今まで対応してきた弁護士の先輩方はすごいな~などと思ったところで、ふと感じたことがありました。
私が法テラスや刑務所での法律相談を再開したのは、今年に入ってからです。
まず、事務所の仕事に慣れようと1年半くらいそれらの仕事を受けていませんでした。
その間、私が話してきたのは、事務所で働いている普通の感覚の人たち、そして弁護士。
こういうある意味「ちゃんとした」人たちと話す時間が多かったせいで、「ちゃんとしてない」人たちとの会話に耐性がなくなってしまったのではないか。
そんな気がしないでもないのです。
もしかしたら、年をとって心が狭くなったのかもしれませんし。
なにはともあれ、札幌にはこういう「強者」を長年相手にした仕事を続けている弁護士がたくさんいます。
もう感服せずにはいられません。
弱い人の役に立ちたいという気持ちはあるものの、あまりに、こういうクレイジーな案件が続くようなら、自分の身や心を守るためにも引退せざるを得ないかもしれないなあなどと思ったりするのでした。