ラーメン屋 『カナガワの鱒釣り』4
そのラーメン屋に初めていったとき、ラーメンにはほうれん草ひとつかみ、ネギ少々、もやし少々、わかめひとつかみ、チャーシューが二枚のっかっていた。
二、三人の女性が店を切りまわしていたけど、ラーメンと合わせて頼んだチャーシュー丼がとどいたのはずいぶん後だった。
働く女性はみなさん美人で、店長らしい方でも50代前半といったところだった。揃いのバンダナを頭に巻いて、威勢のいい、とまでは言えないけどそれなりにハツラツとした店内だった。
彼女たちはラーメン屋でしなければならないことをこなしていた。ギョーザをギョーザ焼き機にいれて水をかけたり、チャーシューを切ったり、ワカメを洗ったりと。
彼女たちは自分たちの仕事を楽しんでいるようには全く見えなかったけど、僕は行くたびにそれらを眺めて、ラーメンを待つ時間をつぶした。
通いはじめて一年が過ぎたころ、ラーメンに変化はなかった。働く女性も相変わらず、無駄のない仕草で仕事をこなしていた。無駄がないから全く彼女たちの性格は見えてこない。
二年が過ぎたころ、いつも通りにラーメンとチャーシュー丼を注文して、僕はきれいに腹におさめると、店を出て驚いた。ラーメン屋の隣の敷地が広い空き地になっていた。きれいな平らに整地されて、地面にはキャタピラの跡がついていた。
建物の痕跡はなにもなく、かつて人の出入りもあったであろう場所には冬の風が吹いて、小さな鳥がちょこちょこ歩くだけだった。
お店? 会社? 倉庫? 家か? あれ?
ここ、なんだったっけ? 二年以上ここへ来てるのに? ラーメンしか頭になかったってこと? 神隠し? え? まじ、なんだったっけ?
それから、もう五年になる。よそにできたラーメン屋に通うようになり、僕は彼女たちのラーメン屋には行かなくなっていた。が、先日、仕事の都合で彼女たちのラーメン屋のそばを通り、ふと立ち寄ってみた。
店内に入ると、キムチの販売やチャーハンのポップなんかが増えていて、ずいぶん雰囲気が変わっていたけれど券売機のメニューは同じだった。ラーメンとチャーシュー丼。
ラーメンを待つ間、久方ぶりに彼女たちの仕事をながめようと思うと、バンダナを巻いたおっさんが三人。
運ばれてきたラーメンを見ると、ネギ少々、もやし少々、わかめひとつかみ、チャーシューが二枚のっかっていた。
ほうれん草がない!
隣の敷地には新しい建て売りが三件並んでいた。
彼女たちはどこへ行ったのだろう。
読んでくれてありがとう。明日も元気で!
多分僕もまた来ます。
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