軽井沢千住博美術館に行ってみた
暑くてエアコン必須なのだけど、フル回転はエアコンくんにも良くないのではないかと思うくらいの気温が続いている。避暑も兼ねて、軽井沢にある日本画家・千住博氏の美術館に行ってみることにした。
今年の3月、京都・大徳寺を訪れたとき、たまたま見ることができた不思議な襖絵がずっと気になっていた。『滝』というタイトルで、真っ青な画面に、水が勢いよく落ちている。
一見すると涼しげな風景に見えて、しかし高貴な青には独特の強さがあり、気温がどうとかいう感覚とも切り離されたまったく別の世界に連れて行かれるような気がした。
作者の千住さんは、1995年にヴェネツィア・ビエンナーレ絵画部門で東洋人として初めて名誉賞を受賞し、国内外で活躍するアーティストらしい。にわか日本美術ファンなので知らなかった‥。千住さんの名前が付いたこの美術館は、建築も美しいらしい。日帰りでも行ってみたいなと思っていたのを、この日ついに決行した。
東京〜軽井沢は新幹線で1時間半くらい。プラス美術館の最寄りの中軽井沢駅までは、しなの鉄道で6分、最後はタクシーで5分くらいとなっている。
休日で、新幹線は空席なしでとても混んでいた。軽井沢駅前も人が多い。他の観光地と違って、結婚式にお呼ばれした風のお客さんが多い。夏の避暑地で結婚式か。素敵だな、いいな、楽しそうだ。
しなの鉄道は、Suicaなど交通系ICが使えなかった。第三セクターだから?しかし、小銭で切符を買い、ワンピース姿の女性や、かんかん帽のおじさんを見ると、古き良き避暑地というカンジがして楽しい。
中軽井沢駅からのタクシーを降り、着いた美術館は、一瞬どこが入り口か迷うくらい、木々に囲まれた建物だった。
中に入ると、パァっと明るく、そして変わった美術館だ。
床面は、階段ではなくて、なだらかな坂道になっている。それも、一定の傾斜ではない。展示室内の通り道や、中庭の木々を囲むような大きなガラス窓は、緩やかなカーブになっている。
真っ白な壁は清潔感があって、いかにも美術館というカンジがするけど、構造自体は山の中にいるみたいだった。
展示されている作品のモチーフは、シンプルな自然の風景で、抽象化されている。サイズの大きなものが多い。冷んやりとした明るい森の中を歩いていると、ところどころの景色が絵画になって現れてくるようで面白い。
この日、天気予報で見た都内の気温は38℃。涼しいとは言え、軽井沢も31℃だ。私が子供の頃に体験した夏よりだいぶ暑い。ただ、美術館の中はイメージしていた通りの高原の避暑地だった。
切り立った崖や浅間山の火口、冷えた溶岩とそれを埋める水が描かれている。サイズやダイナミックな印象のせいか、日本国内より海外、例えばハワイの景色のようだった。
そして、代表作の『ウォーター・フォール』シリーズをいくつも見る。大徳寺で見た『滝』と同じモチーフだが、サイズ、色、形の違うパターンがいくつかあり、7分間の映像作品もあった。
1つ1つの作品の前で、ベンチに座ってゆっくり見てみた。
飛沫をたてて落ちる水と水煙。表現されているのは、ただそれだけだ。大きな滝のザーっという音が聞こえてきそう‥。そう思ったら、頭の中にそれしか聞こえていないことに気付く。思考が停止する。1人何かしていても常に勝手に頭にふわふわと浮かんでくる自分の声が、激しく落ちる水に押さえつけられるようだ。
次にあれを準備しないといけないとか、調べないといけないとか、過去にこれで失敗したとか、あれを言わなければ良かったとか、ああ言われてくやしかったとか、事の大小に関わらず、いつも何かしら頭に沸き起こってくる不安や後悔、焦り、緊張みたいなものが、言葉として形成される前に水の中に叩きつけられ、浮上できない。
暑さから来るのとは種類が違うけど、頭がぼんやりする。あぁ、これだ。好きな美術品を見た後の頭がスッキリするカンジ。頭の中のスイッチが、一旦オフになる。メモリが解放される。
ちょっと遠いし暑かったけど、来て良かった。千住さんの作品は、インテリアとして飾るようなものじゃないと分かっているけど、行き詰まったとき、自分の部屋でまた静かに眺めたら、自分を取り戻せるんじゃないか。もっと見てみたいなぁ。
帰りにミュージアムショップに寄ってみた。また本を買ってしまった。最近ずっと、頭の整理ができなくて疲弊しているのに、活字を読むことはやめられない。しかし、このインプットは、きっとこれからの自分のためになると思う。