【短編】 たき火と面接
山奥のキャンプ場でたき火を囲む四人の男たち。
彼らは同じ会社に勤める同僚で、それぞれが昇進を目指していた。次の部長職を決める最終面接が来週に控えており、皆この面接にかける想いは並々ならぬ物があった。
「たき火って、ずっと見ていられるよな」
「ええ、近年の研究だと、よく言われる(1/fゆらぎ)以外にも、色々な効果が見つかってるらしいですね」
火がパチパチと音を立て、その明かりが彼らの顔を照らす。寒さをしのぐために持ち寄ったウィスキーが少しずつ減っていき、緊張感の中でそれぞれの心情が浮き彫りになる。
「この会社にどれだけ尽くしてきたか、やっと報われる時が来たな。」と、最年長の香川が言った。
「尽くすとか、そんな時代じゃないですって。でもまあ俺たち全員、家族を支えている。負けるわけにはいきませんね。」と、若いが実力派の高知が応じる。
「でも、部長になるのは一人だけだ。」と、冷静な口調で中堅の徳島が言った。
「そうだ。だから、ここで腹を割って話そうじゃないか。」最後の一人、愛媛が口を開いた。彼は普段からあまり多くを語らない男で、同僚たちは彼の考えを測りかねていた。
「何を言い出すんだ?」と香川が訝しげに聞く。
愛媛はたき火の炎をじっと見つめたあと、三人のほうへ目線をやり答えた。
「来週の面接、全員が同じようなことを言ったら、役員達がどう出ると思う?試してみないか?いわば、我々からの役員に対する暗黙の挑戦状ってわわけだ。どうだ、面白くないか」
三人は驚きの表情を浮かべた。
「馬鹿な!それでは自己アピールなど全く出来ないじゃないですか。何のメリットがあるんです」と、高知が即座に反論した。
「確かに、バカかもしれん。」続いて徳島が口を開いた。
「しかし、愛媛の言う通り、現状維持の権化みたいな今の役員連中に問題提起するっていう趣旨には賛同できる、かな」
香川は一瞬考え込んだが、やがて「それで、(全員同じ内容の話をする)って、具体的には?」と聞いた。
「それはだな」愛媛は不敵な笑みと共に答えた。
「全員、(熟慮の末、私より他の三名の方がが適任という考えに至りました)って言うんだよ。」
香川と高知は不満げな顔を見せたが、愛媛の提案にはメリットがあると思ったのか、しばらくの沈黙の後、高知が「まあ、こういう手もありかもしれないですね。」と同意した。
香川と徳島も、いつになく口数の多い愛媛の妙な押しの強さと、たき火の雰囲気に飲まれて同意する形になった。
「じゃあ、みんな俺の提案で行くってことで決まりだな。」愛媛が二度目の乾杯の音頭をとる。
たき火は静かに燃え続け、夜は深まっていった。
翌週の面接の日、四人は予定通り会場に現れた。緊張感が漂う中、一人ずつ面接室に入っていく。
最年長の香川は内心、これで決まりだとタカをくくっていた。
「全員同じ事を言うのなら、今までの経歴、積んできた業績が大きな判断材料になるに決まっている。それなら、最年長で長年営利部門で結果をだし続けてきた俺が選ばれるはずだ。ずっと会社に貢献してきたんだ。今選ばれないでどうする。」
若手の高知は疑心暗鬼ながらも、最後は自分が勝つと思っていた。
「徳島さんの言うように、役員層に問題提起するっていうのは会社が成長するために必要なアクションだ。それが情熱と帰属意識だとわかってもらえれば、勝算は十分にある。四人のうち最も若い俺が部長になれば、人事的にも社内外に与えるイメージも悪くないはずだしな」
中堅の徳島は愛媛の策略を冷静に分析し、その上を行くつもりでいた。
「愛媛君とは同期で、これまでもライバルとしてしのぎを削ってきた。正直ヤツがあんな提案を持ちかけるとは意外だったが、見方を変えればつまり、愛媛君はこれまでの業績での勝算はあまり無いと思っているということだ。おそらくヤツはそこを素直に認め、自分を客観視出来ている事をアピールしたいんだろう。古い体質の役員には、その謙虚さが響くかもしれん。そして部長になったら、今の時代にあった、個を活かすマネジメント的な路線で行くんだろう。だが、甘い。私は一昨年まで海外の支店にいた。そのような組織運営はすでに海外で主流だ。そこでの実績もある私に軍配が上がるのは間違いない」
四人の部長候補の面接は終わり、内示が出される日となった。
内示を見た四人は驚愕した。
部長になれるのは今回たき火を囲んだ四人の誰でもない、最近非営利部門で課長になったばかりのダークホースだったからだ。
香川「おい愛媛。一体どういうことだよ。俺がなる気マンマンだったのに」
高知「そうですよ。説明してください」
愛媛「知るかよ!こっちが聞きたいぐらいだよ。まったく。」
徳島「俺は、いや俺たちは頭でっかちになって、策に溺れただけなのかも知れんな。なあ高知、以前言ってた、たき火の最近見つかった効果って、なんだっけ?愛媛君は、それを知っていて俺たちにけしかけたんだろう?」
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