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【短編】 次回が最後です


ごく普通のサラリーマン、佐藤浩司はある日職場のロッカーの中に一枚の奇妙な手紙が入っているのを見つけた。
一枚目には、「次回が最後です」と書かれ、署名はない。

手紙の内容の方も謎めいていた。
「あなたの人生は次の満月まで。次回の満月が最後の瞬間となります。心の準備をお願いいたします。」
タチの悪い悪戯だと思いながらも、厄介ごとに巻き込まれていると周囲に思われるのもうっとうしいので、誰にも相談はしなかった。

満月まであと一週間。浩司は何が起こるのか全く予想がつかないまま、その日を迎えることになった。

最初はただの悪戯だと思った浩司だったが、毎晩同じ悪夢を見るようになった。暗い森の中で誰かに追われる夢だ。目が覚めるたびに汗びっしょりで、心臓が激しく鼓動していた。
手紙に書かれていた「最後」という言葉が頭を離れない。

その夜、彼は自宅で静かに過ごすことにした。妻と子供たちは実家に帰らせ、家には彼一人だった。外は雲一つない澄んだ夜空で、満月が煌々と輝いていた。

その時、玄関のベルが鳴った。誰だろうかと思いつつ、ドアを開けるとそこには見知らぬ男が立っていた。黒いスーツを着たその男は、冷たく微笑んでいた。

「佐藤浩司さんですね。今宵、満月となります」

男はそう言うと、手に持っていた封筒を渡した。中には一枚の写真が入っていた。写真には、若い頃の浩司とよく似た男が写っていた。男は浩司の反応を見て、静かに語り始めた。

「実は、あなたはオリジナルではなく、ある富豪のために作られたクローンなんです。」

驚愕の事実に言葉を失う浩司。男は続けた。

「オリジナルの佐藤浩司様は既に亡くなっています。
彼のクローンであるあなたは、もう一度彼の人生を生きることができました。ただし、実験の終了が近づいています。次回の満月であなたの使命も終わりです。」

浩司は信じられない思いで男を見つめた。自分の人生が実験だったという事実に打ちのめされながら、彼は尋ねた。

「じゃあ、僕はどうなるんですか?」

男は冷静に答えた。「あなたの体は回収され、新たなクローンのために再利用されます。ご協力ありがとうございました」

浩司は激しい恐怖と絶望に襲われた。自分の存在が消えるのか?全てが終わるのか?

その瞬間、男は何かを取り出した。小さなカプセルだった。「これは安楽死のための薬です。苦しむことなく眠るように終わりを迎えられます。どうぞ。」

浩司は震える手でカプセルを受け取った。彼はしばらく黙ってそれを見つめ、深呼吸をした。そして、静かにそれを口に入れた。

最後の瞬間、彼は家族の顔を思い浮かべた。これが最後になるのだろうか。目を閉じると、彼は深い眠りに落ちていった。

次に目を覚ました時、彼はどこか全く知らない場所にいた。見知らぬ天井、見知らぬベッド。しかし、体は軽く、痛みもない。ベッドの横には、先ほどとは違う男が立っている。

「おはようございます、「元」佐藤浩司さん。新しい体での再スタートです。新しい体で新しい人生を始めることができます。もちろん、始めないでそのまま終了していただいても構いません。」

浩司は呆然としながらも、男に質問した。
「あの、僕が薬を飲む前にいた人は?」

「ああ、あれは回収業者ですよ。手が足りないので委託しているんです。  申し遅れました。私は株式会社シャングリラの皆川と申します」

差し出された名刺には、以前ネットニュースか何かで見た特徴的なロゴが
印されている。
クローンを創っているのでは、と噂された企業だ。

「新しい人生といっても、誰かのクローンなんでしょう?それって、新しいと言えるのですか」
「ご安心ください。当社の技術により、一口にクローンと言っても様々なタイプのものを作り出すことが出来ます。今回あなたは、元の姿を意図的に若干変えています。誰にもクローンであることを気付かれず、人生を送ることが可能です」

浩司、いや「元」浩司は考えたのち、ここで終わりにするという選択をした。
「本当によろしいのですね?二度と復活は出来ませんが」
「いいです。なんだか、誰かの分身みたいな人生はもう嫌なんです。そもそもその富豪ってのは、誰なんです」
「かしこまりました。ではこちらの錠剤をお飲み下さい。今度こそ本当に最後となります。さようなら」

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