【短編】クリームベア、帰る
ずっと昔、5つ向こうの山からその動物は歩いてやって来た。
どのくらいの時間をかけて歩いて来たか、自分でも分からないぐらいの距離だ。
一つ目の山を越えたところで出会った老齢のヤギとは、まだ見ぬ「海」についてお互いの想像を語り合った。
別れ際、「じゃあね、クマさん」と言われ、
動物は自分が「クマ」である事を知った。
「ぼくみたいな姿の生き物は、クマっていうのか。」
2つ目の山のてっぺんでは、翼を怪我した鷹と出会った。鷹は、「ニンゲン」という野蛮な動物に見えないぐらい遠いところから襲われたと話した。
クマは、空を飛べる鷹を襲うだなんて、「ニンゲン」っていうのはどんなに狩りが上手くてずる賢いんだろう。と思った。
怪我の手当てをしてあげて、鷹と別れたクマがしばらく歩くと、大きな湖に出た。
波の無い静かな湖面を覗き込むと、そこには薄い茶色のモフモフした動物が映っていた。
しばらく観察したのち、クマはそれが自分である事に気が付く。
「ぼくはクマで、モフモフして丸くて、薄い茶色の生き物なんだ」
若い雄鹿に呼び止められたのは、湖から少し東へ行った森の中だった。
「ねえ、クリームベア君。それ以上進むと危ないよ。落ちたらひとたまりもない崖があるんだ」
「クリーム ベア? ぼくの事?それと、崖っていうのは、あっちの方角かい?」
「ああ、失礼。クリームってのは、君のその素敵な毛色。ベアは、クマのことさ。親しみを込めて、今西の都で流行ってる言葉で表現してみただけだよ。」
「クリームベア」
クマはこの呼び方、いやこの名前がなんだかとても気に入った。
ぼくはクリームベア。うん。これからは、そう名乗る事にしよう。
危険な崖を避けて3つ目の山を越えると、草原が現れた。
そこでは子供たちに狩りを教えていたキツネの親子と出会った。
「獲物を捕る、ってことは、生きて行くうえでやらなければならないこと。感謝して、敬いながら、他の生命をいただくのよ。」
キツネだけでなく、全ての生き物に言えることだなあ、とクリームベアは思った。あの鷹を傷つけた「ニンゲン」は、どうだろうか。
草原を抜け再び険しい山。天気が悪くなり、冷たい雨がクリームベアの体力を奪う。
「ああ、寒いよう。ちょっと避難出来るところはないかな」
林の奥にほら穴を見つけて、逃げ込んだクリームベアを迎えたのは、住人のコウモリだった。
「コウモリさんは、ずっと暗闇で生活しているの?」
「そうですよ。何にも不自由はありません。目はあまり見えないけど、私たちにはレーダーの役割をする器官があるから。ほんとうに必要なものは、ちゃんと見えているんですよ」
雨か止むのを待ちながら、クリームベアは今まで見たり聞いたりしてきた事の中で、ほんとうに価値のあるものって何だろうと考えた。
雨が止み、コウモリに別れを告げ歩き出す。
答えなんか出ない。分かるわけない。でもこの先見たり聞いたりするものも、ぼくにとっては新しい発見なんだ。
ひときわ高い、雪を戴いた山を前にし、クリームベアは考えた。
「なんの用意も無しにこの山を越えられるだろうか。」
岩に腰掛けていると、頭の上から木の実が落ちて来た。
「やあ、クリーム色のクマさん。ごめんなさい、木の実を落としてしまって」
「リス君。すまないが、その木の実を少し分けてくれないかな」
「いいとも。あ、クマさん、山を越えて故郷へ帰るんだね?ごくろう様」
「いや、山の向こうに故郷は無いよ。ただ、ぼくはずっとあっちの方角に旅をしなきゃならないんだ。なぜかは分からない。」
「そう。でも、きっと山の向こうで素敵なことがあなたを待っていると思うよ」
お礼をし、クリームベアは険しい雪山を何とか越えて、ふもとの森に辿り着く。
クリームベアは驚いた。
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