見出し画像

【短編】 怪物とティラミス

「北西地方の山で怪物を見たって言う人がいるみたい」

豊かな自然と洗練された都市。両者が美しく調和したその国に、古くから伝えられる怪物の伝説があった。

怪物は山奥に棲み、人里に現れることは滅多にないが、数十年に一度目撃情報とともに話題となり世間を騒がせる。
大型の類人猿だとか、恐竜から進化の過程で枝分かれした鳥類の仲間だとか。曖昧な目撃情報により伝説は歪曲しながら広まっていった。

だが本当のところ、人々は皆伝説は知っているものの怪物など実際には存在せず、想像上の生き物だと思っているのが実情だ。
特に子供たちの間では、恐怖におののきながらも得体の知れぬモンスター談義に花が咲く。

都市部からかなり離れた山深い地域。
「彼ら」は確かにいた。

彼らの種族は環境変化と自然淘汰によりその個体数を維持出来ず、この300年でおよそ10分の1にまで激減していた。滅び行く自分達の種族をどうすることも出来ず、ただひっそりと山奥で生きていくしか道はなかった。

そんな幻の生物を研究する変わり者がいた。

ヨエルは国立大学の教授で、森林生態学を専門とする研究者。
この国に伝わる「怪物伝説」に関して、学問の観点から研究を行ってきた。

「ミカ、北西地方ってことは、前回の25年前の目撃情報の場所からはそう遠くないな」
「そうですね。来週にでも行ってみますか。待ってろよ、フェンリル」
「仮の名前を考えとけとは言ったが、北欧神話のモンスターとは。まあ、悪くないが」

翌週、雑務を済ませたヨエルは助手のミカとともに怪物の情報があった北西地方へ向かった。

北西地方は風光明媚な観光地を有した、海外からの団体客を受け入れるようなエリアだ。
この国の長い歴史の中で、怪物が人に危害を加えたという話は聞かない。
しかし観光地に怪物となると最悪の事態は想定しなくてはならない。

現地に着き周辺の聞き込みをするものの、地元住民の話は思い込みと勘違いばかりでなかなか当てにならない。
疲れた二人は湖のほとりにある小さな喫茶店で一休みすることにした。

「はー。教授、今回も収穫なしの旅になりそうですね」
「まあ、そう言うな。コーヒーでも飲んでこれからどうするか考えよう」
「あ、ティラミスがある。食べて良いですか?俺甘いもの食べたいです」

テーブルに運ばれてきたコーヒーの深い香りと、ふんわりと皿に盛られた美味しそうなティラミスに、男子二人は思わず「お~」と声をあげていた。

ニヤニヤしている店員にちょっと恥ずかしくなりながら、ミカはティラミスを堪能した。 「旨っ!」

ヨエルがコーヒーを飲み終えた時、店員と地元の常連客の会話が聞こえてきた。
「なんか、怪物騒ぎが大きくなってるね。まあ、私たちはそれで観光客が増えてくれれば怪物様々だけどねー(笑)」
「聞いてよ。怪物なんかより、最近泥棒がいるみたいでさ。裏の貯蔵庫から焙煎したコーヒー豆とマスカルポーネチーズが盗まれてたのよ。2回も」

何気ない雑談を助手のミカは聞き逃さなかった。
「ちょっとすいません。その話詳しく聞かせてもらえますか」

宿に向かう車の中。
「教授、もしかしてあの文献の・・・」
「ああ。16世紀の古い書物に、彼らは煎った豆と羊の乳を好むと記してあるものがあった気もするね」
「怪物、いやフェンリルが持ち去ったんじゃないですかね!」
「決めつけるのはまだ早いが、手掛かりが全くないんだ。試す価値はあるだろう。ゴリラだって、20世紀になってから発見されたんだ。未だ見つかっていない生き物がいたって不思議じゃない」

翌朝。フェンリルが目撃されたとされる場所に、喫茶店で譲ってもらったコーヒー豆とマスカルポーネチーズを置き、定点カメラも設置した。

ミカ「これでホントに来るんですかね、フェンリル」
ヨエルは答えない代わりに、ミカの肩をポン、と叩いた。

動きがあったのは2日目の夜。
定点カメラには、コーヒー豆とマスカルポーネを持ち去る大型の動物の姿がとらえられていた。

ここから先は

739字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?