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「それでも諦めない。」第5話

助かって良かった、のだろうか

亜衣さんからは、俺が心療内科にかかり広木先生に会った翌日の朝、電話がかかってきた。

「定期の連絡電話ではないのですが、昨日広木先生からの伝言がありまして。小林さんのお時間のあるときご説明するようにと」

いつものように事務的なことをテキパキと話す亜衣さんの声からは広木先生とどういう付き合いなのか、みたいなことは全くわからない。

「ありがとうございます、亜衣さん。昨日広木先生にきいてから自分でも調べたんですけど分かるような分からないような、で。もし構わなかったらこのまま教えてもらえますか。時間、あるんで」

ここまで言って はっ、と気付き、どっと全身に汗をかく。俺、藤枝さんじゃなくて亜衣さんって言っちゃった・・・
亜衣さんは気付いているのかいないのか、あるいは全く気にしていないのか、いつものように淡々と話をつづける。

「そうですか、ではこのままご説明いたしますね。今康太さんのご連絡先のメールアドレスにPICSのパンフレットのPDF版をお送りしました。それを見ながら聞いていただいたほうがわかりやすいかもしれません。」

手許にあったタブレットでメールソフトを立ち上げると、確かに万津総合病院医療連携室からメールがきている。

PICSとはpost intensive care syndrome(集中治療後症候群)の略で、ICU 在室中あるいは ICU 退室後,さらには退院後に⽣じる⾝体障害・認知機能・精神の障害で、ICU 患者の⻑期予後のみならず患者家族の精神にも影響を及ぼす、とそこに記されている。

そして昨日広木先生がいっていたけれど俺の鬱というのも、その下に別項で書かれた家族性のPICS(PICS-F)として当てはまるらしい。

「昨日、広木先生がPICSは長い付き合いになるって言ってました。治すとか予防するとかはできないんですよね?」
「PICSは分かっていることもあるけれどまだ分かっていないことが多いです。でも康太さん、世界ではいろんな試みが進んでいます。分からない、というのは、できない、ではなくて何らかの可能性がある、というように受け取ってください。それに広木先生は一人ではPICSの患者さん達、そのご家族の力になれないから、と、飯田さんをチームに入れ私を情報の中継としたんです。もうすぐもうひとつのサポートチームも出来ますので近々お知らせできると思います。」

PICSの説明と我が家の現状との一致点などの話を聞いていたときはどんどん不安になっていったのだが、今の亜衣さんの話ですこし気持ちが軽くなった。そうだ、そういう状況になっている人がいる、と、広木先生は動き出してくれたんだ。

「皆さん状況はそれぞれですが、病気で入院する前の生活に戻れないひとは、知られてないだけでこれまでも沢山いたのではないかといわれています。広木先生と私達は、そういう方のお手伝いになれないか、と動いてます。」
「そっかぁ・・・あの、周りから退院おめでとう、とか、家に戻れて良かったね、って言ってもらうじゃないですか。おめでとう、っていわれちゃうと今大変だって思ってる俺らがいけないのかな、感謝の気持ちがなにか足りないのかな、とか、なんていうかなぁ、ワガママ言うんじゃないってあちこちからいわれてる気がして。」
「それが、ご家族にもおこるPICSを助長させているのかもしれません。ひどいとPTSD・・・って聞いたことあります?」
「はい、言葉をきいたことは・・・」
「つよい衝撃をうけるような体験があって、その後にその記憶が当時の恐怖や無力感、という形で突然思い出されて、その体験というか被害がずっと続いているような現実感を覚えてしまう病気なんですね。しかも本人の意思とは無関係なので 生活に及ぼす影響は大きいんです。」
「なるほど、で、患者家族がPTSDみたいなフラッシュバックをおこしちゃったり、ってことですか?」
「そうです。PICSの症状として鬱、PTSDっていうのは結構多いし、PICS自体知られてない中でご本人、ご家族がさらに追い詰められたりするんです。」

分かる気がする。お父さん大変だったんだって?家に帰れて良かったね、の優しい言葉に、俺自身が「今の状況に感謝しなきゃダメだ、苦しいとか大変だとか思うのは甘えだ」って自分を責め続けていた。

「ええっと、ちょっとまとめていいですか。PICSには患者本人がかかるもの、患者の家族や近しいものがかかるものがある、ってことですね。で、本人のPICSの場合は、ええっと」
「はい、そこに書かれていますが身体機能障害、認知機能障害、精神機能障害です。身体機能障害では肺機能障害、神経筋障害、全般的身体機能障害などがありますが、康志さんの場合は長く続く筋力低下がこれにあたりますね。もちろん、いま大きな問題にはなっていませんが広木先生の記述には肺が十分に拡がりにくく、肺の機能として恐らく健康時よりはるかに低い、というものもあります。」
「肺もあるんですか!・・・認知機能障害はあれですか、父の知識や記憶がまだらになったかんじのこと?あるいは会話とか作業とかを続けられない感じなのは、認知機能の障害とみなされるんですかね。」
「そうですね。アメリカなんかではIQがとても高いからこそこなせる仕事をされていた方が数値として30くらい落ちて・・・といっても、もともとかなり高いからその状態で普通の人くらいで、日常生活に支障はないのですが・・・仕事への復帰が出来なくなった例、というのもあります。一般の人のように暮らせるからといって、その方にとってそのお仕事が生き甲斐だったりやりがいのあることだった、つまりご本人がご自身として生きるために必要だったとしたら、そして実際そうだったようなのですが、どれだけお辛いことかは想像に難くありません。」
「うゎぁ、それは・・・出来ていたことがことごとく出来なくなるということですよね。きっついなぁ。・・・・うちの父も、そうですね。」
「恐らく。そして最後の精神機能障害ですが・・・主なものにせん妄、認知症、うつ病というものがあります。お父様の康志さんはICU入院中にせん妄がありました。先日の康太さんからのお話にあった、突然暴れるというものも、もしかしたらせん妄に関連するのかもしれません。広木先生の記載にはご本人がなかなか話さない、としかないので、ここは判断されておりません。」

俺はタブレットの画面に完結にまとめられた言葉を見ながら、父の変化の事を考えた。そして父が倒れた時から今までの、自分の心が受け止めきれなくなった変化を考えた。もしかしたら、もしかしたらだけれど、福田さんや矢島くんだって結構いっぱいいっぱいなところまで受け止めようとしてくれてるんじゃないか。いや、彼らまでPICS-Fにさせちゃだめだ。

「・・・いろいろ情報が多くて理解に時間がかかるとは思います。でも、少しずつでいいので私共がしていることや、今康志さんのまわりでなにが起こっているのか、というのを整理しながら受け止められるようになっていただけたら、と思っています。」
「そうですね、なんで俺が心配されたのかも分かった気がします。なんで広木先生が『家族同然の』工場のひとたちにも心配りを、っておっしゃってたかも。」
「誰か一人が背負わねばならないことではないんです。康太さん、また自分が頑張らなきゃ、って思っちゃってませんか。いつだって、飯田さんが側で手を差し伸べてくれていることを忘れないでくださいね。広木先生も退院後の方達のこと、ずっと考えてますよ。」

ありがたいのと同時に、亜衣さんと広木先生仲良いんだろうなぁなんて関係無い事もうっすら考えてしまう。

「頼りないかもしれませんが、私も小林さんご一家のおそばにおりますので。」

最後のひとことに、鼻の奥がつうん、とした。福田さんの奥さんに言われたときもそうだったけど、みんなが一緒にいてくれる、理解して一緒に考えようとしてくれる、支えてくれてる、それを知る事ができるのは感謝してもしきれないことだ。それを言葉以上に身体の細胞が震えるほどに実感してきた最近だったから。

「藤枝さん、ありがとうございます。・・・父を支えるためにも俺が元気じゃないとダメなんですよね。」
「はい。」

なんとなく、電話の向こうで亜衣さんが微笑んだ気がした。


↓ 第6話



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たなかともこ@ツレヅレビト
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