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術後のお手伝いに行ったつもりが・・・
父の看病、ということで短期日本に行ってきた。
で、かなりメジャーな手術を受けた父だが幸運なことに経過は100点満点”以上”じゃないかと思う。90歳目前(私の認識間違いだった、父は来年90になるらしい)で ちゃんと一人で身の回りのことまでし、積極的に動き、自宅の2階にあった自室を階下に移すこともなく(階段を使うのもリハビリ、との本人の認識にて・・・)さらに文句を言いながらも「胃切後の食べ方」をちゃんと実践している。
食べる、ということに関して栄養的にはこんなふうに、とか色々理想はあれど、そもそも食べ方を変えるというのは「日常の習慣」だから容易くはない。それをやっている、もうそれだけでも満点だと思う。
側にいられるのは本当にお客様的な短期間だったので、私の滞在目標は普段父のサポートをしてくれている姉の邪魔にならないようにすること、父の毎日に少し会話とか一緒に何かをするとかの変化を与えること、と思っていた。でもまぁ実際、ほとんどやることはなかった。父でもできるストレッチを1つ2つ教えて、あとは近所に一緒に歩きに行くくらいで。
そんなわけで私が日本に行った意味があったのかなかったのかはわからないけれど、楽しかったのは事実。姉妹であれやこれや下らない話をし、父の足腰が弱らないようにできること、を相談し、父の生活リズムがもう大体だいじょうぶかな、と思えた頃からは新米サウナーらしく(?)あちこちのお風呂屋さんに行ってみたりした。
時々「そういえば昔から父はこんな人だった」と思いだしては、誰か一人か二人の記憶にしかない父の姿に驚いたり姉妹で大笑いしたりもしてきた。
私(と姉達)が楽しんだくらいに、父も私の滞在の間を楽しく過ごしてくれていたんだったらいいのだけどな。
なんにしてもみんなが元気で、父も「手術うけたらますます元気になった?」と思うような状態で、幸運なことだらけだなぁと今もしみじみ思い返している。
それにしても手術の適応ってもう年齢じゃラインは引けないんだな。患者さんとそのご家族に関しては嬉しい、そして医療者には諸々の決断の難しい時代となったってこと。当たり前じゃないことが当たり前に起きていくことできっと世の中の期待値もあちらこちらで高くなっているんだろうねぇ。
◈
ところで泊めてもらっていたのは一番上の姉の家だった。実家から車で10分という距離だが、水戸駅にとにかく近いのがありがたい。姉はちょうど私が戻ったタイミングで一週間の旅行(半年以上前から姉と姉の娘とで計画していた)に行くことのなっていたのでそこでは猫の世話係になった。何かお手伝いができるとなると居候のこちらも心が大分楽になる。
その姉のところに居るのは黒猫と白猫。2週間も置いてもらっていたので人見知りな黒猫(メス)も気付くととなりに来ていて遊んでくれるようになった。オスの白猫は私を「遊んでくれる人要員」として毎回思い出すらしい。まぁ歓迎はしてくれてるらしいからいいけど。
さてこの白猫ちゃん、めちゃくちゃ甘えん坊で姉のことが大好き。
それはそれで微笑ましいのだけど、姉を起こそうと早朝に騒ぐのだ(だから旅行に出かけてるって・・・って思うけど分かるわけもないのだろうな)。
マンションなので流石に周囲に気を遣いたいところなのに、夜中から早朝にかけて大声であおーんあおーん、とないている。あおーん、じゃねぇ、近所迷惑だっつうの(私も寝られない)。
ということで一週間は白ちゃん対応?で時差ボケが役に立った。明らかに私をなめてかかってる白ちゃん。
もういい加減にしろやと思いつつ、他にしっかり黙らせる方法がないので日の昇る前、朝4時前から起きて猫の相手をしていた。ま、出先や旅先で猫充電が欲しくなることが今回はなかったと思えば、いいか。
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思い出すといろんなことがごちゃっとなって思い出される。あれこれ書いていたのだけどどれもまだ言葉にするにはちょっと時間が足りていないみたい。
・・・なんておもってたらしばらく記事を書かなかったせいで書く筋力が落ちた。あーあ、そもそもが駄文なのにどうすんだこれ。
ということで無理せず、できる範囲でちまちま書いていこうと思っております。
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