〈銀河、って分かる?〉
二人で柵の上に腰掛けて夜空を眺めていたらあなたの聲・・・テレパシーだけれどちゃんと個人差があって音と同じ様に認識される・・・が問いかけてきた。声も使えるけど、イメージを含めた会話の時はこっちが簡単だ。
〈頭の上にある、渦巻きみたいな星が沢山集まってるやつ?〉
あなたは笑う。いつもの「仕方ないなぁ、でもそういう君が好きだよ」という言葉が届きそうな、甘やかで柔い風が香ってきそうな笑顔。その笑顔は私達が小さい頃から遊んだネモフィラの花畑を私に思い出させるから、星の間からあなたの周りにネモフィラの花がはらりはらりと降ってくる。
〈そうそう・・・でさ。となりの銀河の中にさ、「青い船」って呼ばれる星があるんだよ〉
ああ、その星のことなら聞いたことがあるわ。
〈星の表面に水が張りついていて、「太陽」という隣の星からの光を乱反射させてて、何とも言えない美しい青をつくるっていうやつ。太陽系のサファイア、って星でしょう?〉
大分前にあなたに教わった「水と光」という知識での答えにあなたはにっこり笑うと、両手の中に美しい「青い船」の模型を出した。そしてゆっくり両手を合わせてまた拡げると、今度は「太陽系」というものが出て、もう一度両手を合わせ拡げるとそこにはいくつかの銀河が見えた。
〈僕たちはここね。僕たちのいるこの銀河も相当大きいんだけれど、遠すぎて青い星からは銀河として見えない。で、こっちの銀河に太陽系はある。・・・この間さ、伯父さんに連れられて飛行船で向こうの銀河の中まで行ってきた。でもそこまで行ってもまだ「青い船」は見えない。〉
〈そんなに遠いの・・・これで見たら、すぐ行けそうなのに。〉
私はあなたの両手の中で煌めきゆっくり回転する大小様々な銀河達をまじまじと見た。このひとつの銀河に、小さいものでも一千万くらいの星があるらしい。この間読んだ’数字の神秘’という本では一千万は10⁷だったかな。
数字を思い出し脳裏に並べたらあなたがくっと笑った。こういうところ、テレパシーの世界のいやなところだ。
〈そう、スゴイ数だよ。僕たちのいるこの銀河には10の11乗個の星があるって言われてる。でもこれまでに見つかった一番大きなものって、10の14乗個の星があるって推測されてるから、これだってまだ小さいんだけど〉
突然疑問が湧いた。
〈青い船にいるという生命、彼らには私達の数字の概念とか言葉とか、分かるんだろうか。どんな生命体なんだろ。〉
〈ああ、もともとはここに住んでいた選ばれた人達が、あちらの銀河の中につくられた人工星ニビューに送られてね。ニビューの彼らが手を貸した命が青い船には居るから、「人間」というのは私達によく似ているよ〉
私より大分前に生まれたあなたは、もうかなり大きな知識庫へのアクセスを許されている。私はついふくれっ面になった。どうせ私はまだ学生ですよ。だけどね、もう私達のテレパシーの仕組みとかそれを応用することとか、そのくらいなら分かるんだから。テレポートしても気分が悪くなることももうない。宇宙真理のレポートだって、そこそこ成績取れるのよ。
〈ずるいなぁ、どうしていつも知識庫に籠もってるのかと思ったら、そんな面白い話を読んでいたのね。〉
あなたは胸のポケットに入れていたメモ帳を取り出し、私のまえで開いて見せてくれた。おそらく青い船の生き物たちであろう、沢山の種類の見たことのない動物のホログラムが現れる。
〈ほら、見て〉
あなたの指の先が示すところに、確かに私とあなたのような生き物が何人かいる。
〈おしゃれじゃないかい?肌の色、髪の色、背の高さ、身体の大きさ、目の色・・・いろいろ違う人間が沢山いるんだ。僕らはみんな、多少の造作の違い以外はひょろっとしてて白っぽくて、手や額に三つ目の目を持ってて、髪も銀色って決まってるようなもんだけど、青い船の人間ってなんか個性的で素敵じゃないか?〉
あなたは少し夢を見るかのような視線でそのホログラムをみたあと、ひょいと柵から降りて さっき私が降らせた青い花をひとつつまみ上げメモ帳に挟んで閉じた。青い花とメモ帳はあなたの胸ポケットに収まり、ホログラムのイメージは私の脳裏に残る。
〈宇宙連合の指示で青い船まわりにはいつもいくつかの調査団がパトロールしてるって伯父さんは言ってたけれど、パトロール船も青い船に降りるのは禁止されてるんだ〉
〈なぜ?友達になれば良いじゃない?〉
〈いろいろな人達もいるからだろう。じゃなかったら、宇宙連合がずっと活動してる理由も無い。とにかくさ、太陽系のサファイアはただその色が美しいからサファイアって呼ばれてるわけじゃない。宇宙の中でいろいろ貴重だから宝石の名前を冠しているんだ。不自由さを保存している星だから〉
テレポート能力、考えたり連想した’美しい'ものを瞬時に作り上げる能力、部分時間をコントロールする能力、何層にもなる宇宙の知識庫とかホログラムのこととか、果てはテレポートしなくてもあちこちに行ける銀色の飛行船まで、あなたの思考の中にある形がぽん、ぽん、ぽんと消されていく。
〈え!そんなに沢山無くなったら、どうやって暮らせるの?それってケンカが起きたり不安になったりするんじゃないの?怒りと恐怖で殺し合う、っていう神話時代の話が起こるんじゃないの?〉
〈答はYesでNoなんだな。僕たちの文明とか知識を持ち込むことは許されない。あの星に暮らすここの仲間も結構いるんだけど、みんなあそこの時間で100年くらいしか保たない器に入ることを約束させられる。さらに青い船を守るために知識も記憶も全部リセットした状態にされるんだって。だけどさ・・・〉
あなたの微かなためらいが混じる。目を一度伏せ、そしてなにかを決意したかのように私を見る。
〈僕、そこに行こうと思うんだ。〉
*
ニビューはいい加減老朽化したとかいうことで、青い船行きのFE−441のフライトは小さな人工発着機場から出るのだ。いや、小さいって言ってもそのへんの星の半分くらいの大きさはあるんだけど。
ここに着くまでフライトを3つ乗り換えた。個室が近かった人達と仲良くなったり、逆に結局話さなかったりしたけれど、今このFE−441への待合室に全員がいる。どうやら、あの一角は同じルートの人達専用だったみたいだ。ということは、みんなあの沢山の試験を通った人達。
食事も途中から「特別食」って言われたけど、記憶に繋がるDNAに緩徐に作用するとかなんとか言ってた。味は、変わらなかった。
私達は全員着替えてFE-441に乗り込むとそれぞれカプセルに入るよう指示された。
ちゃんとこれの前の機内知識庫の情報もビデオも全部見たし(これは宇宙連合からの絶対指示、でも試験にも出てたことだから復習だった)、簡単な口頭説明は毎週繰り返しあったからもう理解したつもり。FE-441内のカプセルに入って眠ったらあとは、そのままでは地球の生き物からは見えない(らしい)「魂」というものになる。魂をひとつひとつ入れたカプセルは「青い船」近くへ向かう周期彗星後部の「潮流」に乗せられる。
地球の人間には「尾をひく彗星」として見えるんだって。やがて潮流を離れたカプセルは、ひとつ、またひとつと「流星」となって地上へ落ち、人間という器に入れられる(ここ、トップシークレットとかで「詮索不要」ってあった)。宇宙連合が決めた、正式な「地球の人間」になるための過程だ。
最初の器とその人生オプションは、3番目の飛行機に乗ったとき選ばせて貰った。最初の器がダメになった後 新たな器を選ぶのもそうなのかは知らないけれど。
「どのオプションがいいか選んでください」
3番目の機内で開いたパンフレットからのホログラムは分厚いカタログ分くらいの情報がどんどん順に現れて訳が分からず、結局どんな地域に暮らすとか苦労はいつ頃するかとかそういう各重要項目を潰し、性別・家族構成なんかの残りはお任せにした。あなたならきっと、同じ様にした。
〈運任せ、っていうのが僕は好きだ〉
いつもそう言っていたから。
私の目の前に音もなく透明なカプセルの蓋が降りた。目を閉じる。
あなたはこれに乗ったとき、怖くなかったのだろうか。少しは私のことを考えてくれただろうか。失うこの姿形、二度と帰らないかもしれない私達の故郷のこと、あの景色や家族のこと、「それでも絶対忘れない」と私を抱きしめたこと、覚えているって言ったけどホントだろうか。記憶は消えるのにそんなこと、できるものなのだろうか。
「カプセルが閉じられ眠くなり、次に起きたら、おめでとう、あなたは人間です」
何度も見た説明ビデオで肌の浅黒い「青い船」の人間風のお姉さんが満面の笑顔で言っていた。
もう私の手足の先の感覚があやふやになってきた。緊張からか早くなる鼓動と呼吸、一方で怖さを感じる間もなく急速に意識が暗闇に落ちていく。
でも大丈夫、あなたと私はお互い
ちゃんと魂で覚え
ているからね
それはきお
くでは
消せ
な
い
*
古文なんて嫌いだ。これが同じ日本語だなんて絶対おかしい、外国語2とか外国語3だろ。いや、わかってるよ、大学共通テストだろ、9月に前倒しになったから、こういうところ、取れる点を逃しちゃいけないんだろ?
夏期講習の寒いくらい冷房の効いた大きな教室で、俺は共通テスト追い込みコースを受けていた。こういうのはオンラインじゃない授業のほうが成績につながる、って言われてるから、ウイルス騒ぎの後ですかすかに間を空けられた教室は それでも定員一杯らしかった。授業に飽きた俺はパタパタと消しゴムの面を変えて立てたり倒したりしていた。
「〜〜でぇ、あ、このまほら、って言葉、まほらま、になることもある。これは現代でもまほろば、という言い方で使うがなぁ、理想郷っ・・・てことで」
カツカツ・・・カンッと、講師がいくつかの言葉と意味を板書する。俺の遊んでいた消しゴムがポロリと落ち、跳ねて転がる。拾い上げようと手を伸ばしたら、それを先に拾ってくれた指先とぶつかった。
「・・・”天皇(すめろき)の神の命(みこと)の聞こし食(を)す国のまほらに” ここでは・・・」
講師の声、板書や各自のノートに書き留める音、それらが一瞬遠くなった気がする。彼女は拾った姿勢のまま机の下で俺の手に消しゴムを渡し口パクで「はい」と言うと、すぐ姿勢を戻して前を向いた。彼女の周りに、春にSNSでよくシェアされる青い花畑がひろがったように思えた。目をこする。
どこの学校の子だろう。
彼女の第一印象が好みだったから花が見えたのか、花がイメージされて印象に残ったのかわからないが、頭がくらりとした。
「はい、じゃ質問ある?」
講師の声に慌てて板書を書き写しながら、頭の中であの青い花の名前はなんだっけ、と一生懸命考えていた。
講義のあと、話しかけようか。
古文なんてもう、さらに頭に入らない。
サポート戴けるのはすっごくうれしいです。自分の「書くこと」を磨く励みにします。また、私からも他の素敵な作品へのサポートとして還元させてまいります。