仕事って
3ヵ月連続投稿チャレンジ26日目。
書き始めたはいいが、まだ着地点が決まってない。←え。
昨日のERのことをしばらく考えていた。
アメリカの「教育システム」や「マニュアル」ってすごい。これは自分が実際に学んだり使ったことがあるからわかる。
ではそれらを、いや、時代が違うから
もっと進化形であるはずのものを使っているこちらの医療が
いつも「すばらしいな」と思えない理由はなんだろう。
結局はひと、なんだろうな。
マニュアルとか 漏れのないよう組まれたシステムとか、
それはアメリカっていう特殊な社会、
「バックグラウンド(常識)がちがうひとたち」が構成してる社会で、
はっきり「あなたの役割はこのシステムのこの部分ですよ」と
つたえないと分からない、という可能性があるってことだ。
でも本当は
マニュアルの外にある機微だとか
システムにされた「段階の合間」、昨日書いた「連携」というところに
人間の能力が期待されている。
でもそこは「各自の自覚」と
システムを見張り管理する人の理解がついていかないと
どんどん、なおざりになるんだろうな
(ところで、ふと自分が混乱してる「おざなり」「なおざり」の違いをかいてくれてるサイトを発見、そうそう、こういうのが知りたかったのよ)
仕事はやっつけでも仕事になる。・・・ときもある。
でもマニュアルにあるものをこなして「いいや」と思う人に対して、
客としてはそれ以上を期待もしたくないし、
また来たいとは絶対おもわない。
今勉強してることのひとつに「仕事に+αを」ということがあって
ものすごく観念的ながらすごく真理だと思っている。
沢山ある同業のお仕事の中でここにきてくれてありがとう。
ちょっとオマケね、って 昔近所のお肉屋さんが
揚げたての唐揚げを1個くれる、そんな感じににてる。
医療って サービス業だ、傲っちゃいけない、って思ってたけど
(おまけでもう1種類の薬、はいらないけどね)
どこかで+αを意識するひとと しないひとでは
かたちでは無くても お客としては明確にうけとるものが違う。
しごと、って生き方の姿勢だなぁ、って思う。
(あ、一応着地したww よかった)