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「それでも諦めない。」最終話

きっと未来は


20x7年7月6日、関東では記録的に早い梅雨明けだと騒がれたけれど、とにかく夏がきたようだ。
最近うちの父はといえば、日中に工場のほうでいろいろ指示をしたり記録や書類をまとめたり、ということを引き受けてくれるようになった。修理の工程はやっぱり途中で分からなくなってしまうから、まずは出来るところからやり直しだ、と言い出したのは第1回ICU卒業家族の会の会合のあとだ。

退職してから出来るパートの仕事を本屋ではじめたんだ、という結城さんの言葉が大きな刺激だったんだろう。昔と同じに戻れない、という受容が出発点で、じゃぁ出来ることでなにをやるか、を考えているんだと結城さんは話していた。それを聞きながら父が「・・・そうか」と小さくつぶやいていたのは気付いていたが、その考え方を少し変えたことで こんなに父の様子が変わってくるとは思いもしなかった。

5月の家族の会は俺自身の用事で参加出来そうにないな、と思っていたら、「社長と康太さんがいいなら、社長のこと私がお連れしましょうか。」と矢島くんが思いがけず手を挙げてくれた。父は喜んだし、矢島くんも戻ってきてから「なんか僕もめっちゃ勉強になりました」とニコニコしていた。

6月の分は天気が落ち着かなかったのもあり「7月の頭にずらしましょう」と広木先生が提案して、2日前に会が開かれたばかりだ。もう一家族増えると聞いてたけれど、小雨だったのもあってその新しいメンバーには会えなかった。他にも川田さんと田辺さんが調子があまり良くないということで不参加だったので、こぢんまりとしてそのぶん沢山みんなで話すことも出来た。

実はそのとき、全員から広木先生に質問が出たのだ。

「先生、ヘルパーさん達も医療連携室の人も参加してくれてるのに、なんでとってもお世話になってる藤枝さんは参加されないんですか」
「あー、藤枝さん、会ってみたいよね」
「亜衣さん、我が家ではアイドルみたいになってるんですよ」
「このあいだ亜衣さんにきいたけど、私は参加出来ませんって言われちゃった」

広木先生はうーん、と眉をよせ思い切り悩んでみせた。

「そっかぁ・・・そうですよねえ、やっぱり話さないとダメですよねぇ。」

先生の言葉に、全員が何ごとか、と集中する。

「ばらしますね、あのお、亜衣ちゃんって人間じゃないっす。AIなんです。」
「・・・は?」
「人間じゃない?」

全員が固まる。だって、だってあんなに普通にしゃべるじゃないか。

「そ、AI。だから名前は亜衣。ついでに、苗字の藤枝は、亜衣ちゃんAIの開発研究してる、僕が前にいた学校の研究室の名前です。つまりそこの教授の名前ね」
「えええええええ!」
「僕ね、AI研究してみたかったんですよ。でもほら、世の中的にいろいろ、新しい技術持ち込むの難しい事もあるじゃないですか。で、あるとき藤枝先生と飲んでてどんな分野だったらAIの必要性があって、どんな状況だったら試運転できるかな、って話をしてて」

まさかまさか。

「藤枝先生のおじさんがちょうど入院してて、でもなんかおじさん本人と先生と看護師さんと、言った言わないでなんか変な雰囲気になっちゃったことがあったみたいでねぇ。『ああいう場所でAI使えたら、そして間違いの少ないように聞き取ったものを文章に落としてくれたら、あんなことなくなるんじゃないの』という、酒の勢いの話がありまして。」
「え、冗談でしょ」
「いやほんと。ちょうど俺、別の理由だけど医学部受験し直そうかなと思ってるときで」

冗談みたいな話だが、広木先生が医学部に入学しその勉強をしている間に、藤枝研究室はAIをかなり進化させることができたらしい。

「もちろんね、伝言板的な使い方しか、まだ出来ないと言えばそうなんですよ。でも伝言板としてはかなり優秀。しかも必要だったらリファレンス・・・あ、文献とかね、教科書とかね、そういうものも当たって拾ってきてくれる。僕の仕事はリファレンスで引っ張ったものが間違ってないか見当違いじゃないかなんかのフィードバックをすることだったんだけど、そのうち亜衣ちゃんがどんどん賢くなることがわかった。ちょうどその頃僕は医者って本業に関わらない事務仕事とか多すぎ!って激怒してて、藤枝先生に相談したのね。亜衣ちゃんを僕のアシスタントにくださいよって。」

で、藤枝研究室と正式な契約書を交わして、シンプルなタスクから任せてみたらしい。

「でもさぁ、ほら、亜衣ちゃんいいでしょ?声なんかも研究室にいる自称声優オタクの女の子がめっちゃ時間かけて選んで作ったんでね。色っぽすぎる声じゃ、仕事柄いかんしね。」

はぁ・・・とみんなが脱力している。

「そんなわけで、僕はPICSのことを知ったとき、一人じゃやってられないけど、有能な亜衣ちゃんの手伝いがあればいけるんじゃ、と思ったんです。もちろん最初は大変だった、最初が青柳さんのフォローだったけど、ねぇ?覚えてる、青柳さん。昔亜衣ちゃんってもっと、仕事出来ない女の子だったよね」
「そうですね。話し方も変・・・いや、ぎこちなかったし」

なんと、青柳さんご一家は最初のフォローアップ対象で、かなり最初のころから亜衣ちゃんがAIってことは知ってたらしい。

「でもお陰様で亜衣ちゃんも4年ほど働いてるかな?ものすごく賢くなったし、僕さぁ、時々亜衣ちゃんに恋しちゃいそう、って思っちゃうくらいなんだよね、彼女のプログラミングに関わってるからそれはないけどね。」

多分俺はそれだ、まさに亜衣ちゃんに可愛い女の子像を見て憧れていた。まじか。先生と亜衣ちゃんの間のことまで勘ぐっちゃってたよ。

「いやぁ、みんなが素敵な女の子イメージを持ってるのを見てたら楽しくなっちゃって。藤枝AIは多分これからさらに進化させて、いろんな場面で人間の活動をヘルプするAIになれると思うんだよね。ね、いいでしょ、亜衣ちゃん。そうだ、今日来られなかったけど川田さんとか、イラストレーターだもんね?亜衣ちゃんのイメージ画像つくってくんないかなぁ。」


嬉しそうに話す広木先生の言葉に、みんな苦笑いし始め、どこからかクスクスと笑い声が起き、しまいには全員が大笑いし始めた。すばらしいよ、未来。すばらしいよ、AI。

「皆さん、姿を見せられなくても私は聞いてますよ。藤枝亜衣は記録係ですから」

広木先生のパソコンから音が出る。これには俺は笑いすぎて涙が出た。サバイバーの人たちも笑っている。

命を助けるために頑張ったひとがいて、助かったけど人生が壊れかけた人たちがいる。
だけど未来はまだこうやって作っていける。きっと、未来は明るいんだ。諦めなければ。みんなで手を繫いでいければ。




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