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背徳感は食事の程よいスパイス
先日、友人との飲みの席で〆に袋麺を注文した。
そう、あの袋麺である。家で安価にラーメンを食べたい時に食べるものだと思っていたのだが、それを店で注文するのだ。
価格は400円くらい。海鮮系の具材がぶちこまれているとはいえ、通常の袋麺だと80円位で購入できるので、実に5倍である。高い。
注文して出てきたそのラーメンは、まさにいつもの袋麺だった。注文通りだ、間違いない。そして食べると、何の変哲もないあのいつもの味だ。
しかし、いつもより何倍も美味しいのである。具材ブーストなんか関係ない。スープも麺も、すべてが美味しいのだ。何故だ??何か盛られたか???
そうだ、これは背徳感だ。「あーやっちゃいけないな」というのを実行した際のあの感じだ。例えるならば、体に悪そうなジャンキーなものを食べてみたり、無駄に夜更かしをしたり、天気のいい週末にひたすらゴロゴロしたりするやつ。同じ感じで、「通常の5倍の価格の袋面を食べている」ということに、なんだかやっちゃいけないこと感を見いだしているのだ。なんか新感覚。
「空腹は食事の最高のスパイス」みたいな言葉があるが、ちょっとした背徳感も食事のスパイスになるんだと気づいた夜だった。