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【映画】美しき仕事 Beau travail/クレール・ドゥニ


タイトル:美しき仕事 Beau travail 1999年
監督:クレール・ドゥニ

先日観たニナ・メンケスの「ブレインウォッシュ」のテーマにダイレクトにつながる映画であるし、公開時期が近いのも妙な縁を感じる。メンケスが訴えたセクシャルな視線と主体と客体という視点は、少なくともこの映画では殆ど感じられない。女性監督から見た男性の姿というバイアスはあるにせよ、セクシャルな視線よりも状況の過酷さや、ただ単に機能としての肉体の美しさの方が描かれていた印象が強い。上から下まで、それこそペニスまで映し込まれる映像は「ブレインウォッシュ」とは男女反転させたものではあるが、安易なセクシャリティの消費としては描かれていないと思われる。いや、これはこれでそう感じる人もいるのかもしれないが、「ムーンライト」のバリー・ジェンキンスがフェイバリットに挙げているように、ある種のセクシャリズムには繋がってはいるのだろう。
それにしてもこの映画は同性愛的な視点と上司への忠誠が紙一重で渾然一体となっていて、どちらにもある愛する感情の危うさが破綻を招く。そして映画の主題となるのが、マッチョな外人部隊の生活の中にアイロンがけが象徴的に描かれる。除隊となった後のマルセイユでの現在の姿でも、このアイロンがけの描写がコントラストとして登場するが、規律が生み出すものは一方では緊張を孕み、一方ではそこから解き放たれた日常が映し出される。同じ行動をしつつも、アイデンティティの象徴として、それがあるのかないのかでは全く意味合いが変わってくる。形骸化された規律の残り香での日常が、全く世の中とはそぐわない状況に虚無感を感じるのは、緊張と隣り合わせの状況下にあるのとは大きく違っている。死を暗示させるラストは、その末にあるどうにもなら無さが横たわる。
35mmで撮影された映像は、ドキュメンタリーのような生々しさと精彩な画の美しさが際立つ。その割に風景を前景化させずに目立たせない撮影は疑問に感じたが、敢えて狙ってそのように撮影していたとインタビューで答えていた。

風景だけを見せて「どうだ綺麗だろう」と主張するようなことはやりたくなかった。風景だけではなくて、何か人間の痕跡がそこにあるようにしたかったんですね。

美しき仕事パンフレット P.13

アケルマンにせよライカートにせよ、ヴァルダやメンケスら昨今再注目されている女性監督の作品を見ていて共通して感じるのは、じっくり淡々と長いカットを映し出している事だと思う。タル・ベーラやタルコフスキーの様なあからさまな長回しは、眼前にある事象を余す事なく描こうとする意図があると思うが、これら女性監督たちの描き方はそれとは異なり、エンターテイメントなスペクタクルの様相から切り離す事で、登場人物の中にじっくりと入り込む余地が生まれ、風景の中にもどこか人間の息吹も感じられるような描写が多い。
カラックス作品以外のドゥニ・ラヴァンの演技はあまり観てこなかったけれど、本作の俳優としてのラヴァンはかなり良かった。やはりラストのダンスシーンは素晴らしいと思う。

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