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グリーンブック Greenbook
ピーター・ファレリー監督のグリーンブックを観た。丁寧な話の作りとウィットに富んだ映画で中々面白かった。
トニー・ヴァレロンガ演じるヴィゴ・モーテンセンの太りっぷりに、ロード・オブ・ザ・リングの時のアラゴルンの面影のなさがちょっと可笑しかった。
舞台は1962年。カーネギーホールの外にはピート・シーガーとボブ・ディランのライブのポスターが貼ってあった。ロックへと転向する前のディランと、フォークリバイバルの中心にいたピート・シーガーが共演する時代というのが、このちょっとしたものでうかがい知れる。
公民権運動真っ只中の時代という事もあって、黒人差別がまだ色濃い時代。コモンのライク・ウォーター・フォー・チョコレートのジャケットにあるような、”Colored Only”と書かれた看板が劇中何度も登場する。
ほぼ前知識入れずに観るとまず面食らうのが、ドン・シャーリーの礼儀と高い教養に対して、トニーの下世話さ。トニー自体がニューヨークのイタリア人街で暮らし、マフィアとも関わっていたような人物なので、やってる事も話す事も荒々しい。(実際のトニー・ヴァレロンガは映画ゴッドファーザーにも出演している)
ドクター・ドンがオルフェの説明をしたり、当時のR&Bを知らず、リトル・リチャード、チャビー・チェッカー(ツイスト!)、アレサ・フランクリンが流れてもさほど関心を示さないのが興味深い。この部分は終盤でジュークジョイントのような酒場で発揮されるのだけど。
ステレオタイプな人種のイメージからかけ離れ、黒人ならこうだろ?というトニーと、そういった生活をしてこなかったドンの対比は面白い。
映画は、黒人が安全に旅行出来るようにするためのガイドブック「グリーンブック」をもとにアメリカ南部をツアーする話で、ドンはステージの上ではVIP扱いされるものの、それ以外の所ではカラードの扱いをされる。アメリカ北部と異なり、南部のバイブルベルトの地域ほど差別が大きい。
劇中印象的なのが車が壊れ修理している場所が、プランテーションの真横で、そこで働く黒人と柵越しに対峙することシーンだった。
同じ黒人という人種ながらも、正反対の暮らしをしている対比がはっきりと映し出されている。
ドン・シャーリーがピアニストとしていかにエリートだったのかは、トニーとの談話などでレニングラード音楽院に通っていた事などでわかる。
第二次大戦前の1936年ごろにロシアへ留学する事自体が裕福であることの証であり、ピアニストにとってロシアはクラシック最高峰の学びの場でもある。ロシアからアメリカやヨーロッパへ亡命したピアニストは、ロシア国内で学ぶ緊張感が国外では得られず、再びロシアに戻るという話をどこかで耳にしたことがある。
ドンはクラシックの訓練を受けたと話し、トニーは訓練というものがピンとこないのも、クラシックがジャズやポピュラー音楽とことなり鍛錬が必要な音楽というのを知らないという事だと思われる。
ラストの手紙の下りといい、ストーリーとしてよく出来た映画だと思う。スパイク・リーのブラック・クランズマンとの一件のせいか非難を浴びている作品ではあるものの、作品としては申し分のない内容だったと感じている。