天照大神とマンドリン弾き
家族サービスを兼ねて"鶴舞ブルーグラスフェスティバル"にお邪魔した。禍の自粛で開催は3年振り。それ以前は祝日に休めない職という事もあり、ある男に招かれてから鶴舞公園までのたった270kmに10年近く掛けてしまった。"娘にブルーグラスの生演奏を見せたい"というもっともらしい動機がなければ、さらに遠かったかも知れない。学生さんが煮るカレーの匂いに包まれた山谷のフェスなら、もうそれは叶わなかったと思う。
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実は、あの頃ブルーグラスから少し距離を取っていた。
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"フェスに足を向けるのが怖かった"
…が、正しい表現かも知れない。いや別にブルーグラスに嫌気がさした訳でなく、界隈の人間関係が拗れた訳でもない。まあ簡単に言うと、腐ってた。生きるのに必死でそれどころではなかった。
恥ずかしい話だが娘の出産費用捻出のため、独身時代の散財を全て精算した。あほみたいにでかいアメ車や限定生産の大型バイク。楽器屋のショーケースの向こうで、コップの水と一緒に座るようなギターが2本。と、ドブロ2本。当時そこそこの録音設備も。あと、、、ナカイ楽器B1に通い詰め、担当Yさんが片っ端からセロファンを剥いて一緒に聴いたCD。あんな聴く人を選ぶCDなんてその辺じゃあ二束三文だし、結局ナカイの買取りフェアに段ボール8つ。査定会場で駆り出されていたYさんに何時間も掛けて買い取ってもらった。情けなかったし、悲しそうな表情のYさんが最後の記憶。
それでも私はよい。蓋を開けたら中身の無かった男の尻拭いをする羽目になった身重の妻も、ギターや貴金属をひとつずつ手放していった。たまったもんじゃなかったと思う。今でも頭が上がらないのは、新婚という夫婦生活で唯一甘い部分を欠かせてしまった呵責でもある。これを読む若いひとがいるならば、"愛は動動機、金は燃料"という言葉を送りたい。たまたま妻の燃費がえげつなかっただけのこと。
当然フェスや、お世話になっていた昆陽池のジャム会に行けるはずもなく。突然に一切の楽器がなくなったので、つまり行く意味を失った。どこかのサークル出身でもない野良ッサーの私は、その瞬間にブルーグラスとの縁が途絶えてしまった。なんかもうどうでもよくなっていた。
そんな時間が10年ほど。生活にやっとひと息つける様になり振り返ると、見事な大穴が空いていた。いやブルーグラスに限らず。何というかもう全て。バラエティやドラマ、タレント、流行語、ニュース、旅行に行ったことも写真もない…妻ともたまにこの時期の話題になるが、2人ともどうやってその大穴を跨いだのか記憶がない。
安いギターを1本買ってはみたものの、記憶に残っている数曲をyoutubeさんとジャムする程度。その頃には、もうどんな顔してフェスに行けばよいかわからなくなっていた。
それでもネットでたまに"ブルーグラス"と検索するだけで新鮮だったし、SNSでどこの誰かもわからないブルーグラッサーと会話できればそれで充分満足していた。
そんな折、ある男と知り合うことになる
twitterで世間をお騒がせしてしまうずっとずっと前。互いに前後の記憶もあやふやになる程ずっと前。私は"天照大神"という複垢で夜な夜な良い行いを探しては、勝手に"アマテラスポイント"を押し付けるという、非常に迷惑で気色の悪い日課があった。今改めて文字を起こしても、気色が悪い。
なにかしらその男の良い行いでも見つけたのか、若しくはその男から自称天照大神に絡んできたのか定かでは無い。ただプロフィール欄に添えた"マクレイノルズピック奏法"という文言から、マンドリン弾きという情報を得た。2.3の他愛もないやり取りの去り際に天照大神は「サムブッシュが好きだ」と驚かせ、アマテラスポイントを3pほど押し付けた気がする。ちなみにアマテラスポイントを10p貯めると、ハワイに行ける設定だった。
誰かしらハワイにご招待することもなく、天照大神ごっこは見事に飽きた。あれだけ配りまくったアマテラスポイントもどうでもよくなったし、押し付けられた方だって記憶にもないだろう。ただ1人だけ。あのマンドリン弾きだけは、後日わからないように本垢でそっと回収した。
私と違い寡黙であまり感情を表に出さず、たまにポツリと毒とユーモアを見せる。掴みどころがない。能動的なコミュニケーションを取らない彼とはそれ以上もなく、ただ時間を使って互いの情報を得るだけに留まっていた。冒頭のフェスを知ったのも招かれたのも、この辺りかしら。その頃は関西人の必殺技『行けたら行くわ』で濁していた。我がの無計画な人生設計から遠のいたブルーグラスが、この頃には憎たらしくもあった。身勝手極まりない。
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気がつけば騒がしい垢になり(中略)、ぶあーっと知り合いが増え。静かな環境を求めたら、ぶあーっと知り合いが減った。望んだとおりになったけど、、、少しだけ淋しいのが本音。
2ちゃんでスレまで立てて"離婚?"や"失踪?"と騒がれた皆さんは、こぞって100回転目に死亡確定フラグが立つワニに行っちゃった。人の噂なんて75日も持たない。
そんな身勝手なフルイもかい潜ったマンドリン弾きは、いつの間にか結婚しかわいいお子を3人も授かった様子。ただ掴みどころは依然わからない。私は簡単に掴める(失礼)米屋というバンジョー弾きに呼ばれ、十数年ぶりに知らんグラッサーたちと"blueridge cabin home"を唄った。自分から距離を取っていたことなどすっかり忘れ、またジャムが出来た喜びで間違いなくあの日何かしら堰を切った気がする。何度も書くがあの古墳に招いてくれた若い4人には感謝しかない。
あの時に冗談半分で作ってしまった工房が、1周年を迎える。らしい。知らんかった。その鶴舞で確かに自分が作ったストラップを下げたお客さんから教えて頂いた。作った本人が1番驚いている。当初はぶっちゃけ昔の名前に乗るヨコシマな考えも、無かったと言えば嘘になる。娘の学費に圧迫され、ついに小遣いが。今はなんと0円!ソフトバンクかよ。
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ズンチャカ2ビートに興味のない妻と息子は早々に公園を後にし、47歳ネット弁慶のお父ちゃんは娘を側に置き、ひと通りご挨拶を済ませた。トニーライクなバンドの幕間辺りで、やっと自分が今ブルーグラスのフェスにいることを実感した。いやいやちょっとこれは夢にまでみた時間やんけ!
大切なご挨拶を忘れていました
腐っていた自分を。気色の悪い自称天照大神を。あの時のお腹の子と一緒に。ここに招いて下さったマンドリン弾きに、ひと目会って礼が言いたかった。あの掴みどころのない男を探すための情報は、腐り倒した時間で山ほど得ていたのですぐにわかった。正面にゆっくり腰を屈め、積年の想いを伝えた。禍も忘れおっさんがおっさんに抱擁をしてしまった。
な!の!に!
「あ、いや別人だ、と思いま、す」と冗談めいてはぐらかされた。やっぱり掴みどころのない男。。。
なんとも言えない空気を、隣に座る後輩がご挨拶がてら取り持って下さった。この美人さんにも長いことお世話になっているが、twitterが無ければこんなおっさんとは絶対に接点がない。他にもここには書き切れない皆さんから、とても丁寧なご挨拶を頂戴しました。"前垢"が何なのかわからない若い方ばかり。そろそろ元インフルエンサー気取りのおっさんでは恥ずかしくなってきた。工房として恥ずかしくない2年目を迎えようと思う。
そのあと長久手に妻の用事も控えており、後ろ髪を引かれる想いで鶴舞公園から離れる間際。
マンドリン弾きの男が襟を正した様に少しだけ改まり、木陰でご家族を紹介してくれた。
とても可愛らしい奥さまの振る舞いと、その横で3人のお子をあやす父親の姿にははっきりと掴みどころがあり。如何わしく気色の悪い天照大神を、鶴舞公園まで時間を掛けて招いてくれた旧友の姿があった。
追筆
この1年間ご注文頂いた55作品、33人のお客さま。本来ならどれもnoteで特筆すべき思い出のオーダーばかりです。
本当にありがとうございました。
これからも死ぬ気でふざけて参りますので、応援よろしくお願いします。
拝 もひかん