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姉兄妹間でしか伝わらない世界がある

わたしは3人きょうだいの末っ子で、姉がひとり、兄がひとりいる。年齢は、姉がわたしの7つ上、兄がわたしの4つ上で、歳はそれなりに離れている。今でこそ「遊ぶ」なんてことはほとんど無いが、小さい頃はよく一緒に遊んでもらった。

もしも年齢・知恵・知識がもっと近かったら見逃されていたであろう「妹(わたし)のおかしな言動」も、姉や兄によってきちんと拾われ、しっかり処理された。それらは定期的に話題に挙がり、大人になった今でも記憶から消えることなく脳の中に留まり続けている。

パッと思い出せるものだと、わたしが「リハビリ」という言葉の意味を何故か「体に悪いこと」だと認識していた時代があったようで、〇〇ごっこ的な遊びで、「ボクは、リハビリであしをわるくした。」と深刻なトーンで発言して爆笑された。

また、「魔女の女の子が主人公の絵本」をわたしが描いていたとき、「いつも魔法を失敗してしまうけれども遂に上手に使えた!」という感動のフィナーレで、主人公が歓喜しながら「ぃやったー!きょうだけだー!」と発言する様子が吹き出しで描かれており、こちらも爆笑された。(恐らく、「初めてできたのが今日」という意図でその言葉をつかったのだろう。小さい「ぃ」がどうして入ったのかは生涯不明。)

そして、今年の誕生日に、突如兄にこれをもらったのだ。(これは現代の兄が描いたもの)

「懐かしすぎる!!!」とわたしが喜んでいたら、両親は、何のことなのかわからなかったそうだ。

きょうだい間だけで共有される思い出というものが存在するんだ、ということを、初めて理解した。そう考えると、わたしは、親だけでなく姉や兄にも育ててもらってたんだなぁ、ということを実感する。

他にも、世界のビックリ映像的な当時のテレビ番組で、「海外の動物園でゴリラエリアに落ちてしまった男の子をゴリラが助けた」というのが放送され、それをわたしが真似て、古いぬいぐるみを脇に抱えハイハイのように進みながら顔を上げ「人間を助けたゴリラ」と呟く、というのも、姉と兄のお気に入りだった。

あとは、母方のおばあちゃんちで我々こども達と父がラグビーボールで遊んでいたら(なぜ)、早々にボールが障子に突き刺さって全員が息を飲んだ、というのも長年語り継がれている。

友達でもなく親でもなく、きょうだいだけに通じる「記憶」があるなんて、なんかドラマチックだなと思った。

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