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「もぐら本2」の序章を公開〜この1年で失われた言葉を取り戻す試み〜

こんにちは。「もぐら本2」制作チームのヒロコです。

緊急事態宣言は延長が決まりましたが、文学フリマ東京は休業の要件にあたらないため、予定通り開催されることになりました!

もともとは2019年に「文フリで売ろう!」とお祭りのつもりで始めたもぐら本。開催中止となった去年は涙をのみ、今年こそはとゆくえを見守っていました。感染防止対策にはじゅうぶん気をつけて、みなさんをお待ちしています。
※「文学フリマ東京」開催概要はこちら/WEBカタログはこちら

さて今日は、「もぐらの鉱物採集2 インターネットの外側で拾いあつめた言葉たち 二〇〇〇-二〇二〇」の編集長・エミコさんが書き綴った序章を公開します。

「普通の人のインタビュー」をやりたい!と熱い思いで手を挙げたエミコさん。「なぜそれをやる必要があるのか?」という問いに対して、情熱をていねいにていねいに言葉にしています。ぜひ読んでみてください。

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はじめに

2000年初めの寒い日曜日、我が家のリビングの片隅にインターネットがやってきた。姉の高校進学をきっかけに、大きなデスクトップパソコンが設置されたのだ。それから20年、世界がどんどん可視化されていく感覚とともに、毎日を生きてきた。この世界は広くて自由で、あらゆる人間も感情も選択肢も存在しうるんだという事実が、いつもすぐそばにあった。

日本におけるインターネットの人口普及率は、1996年にわずか3.3%だったにもかかわらず、2000年には37.1%まで跳ね上がっている。2005年には70.8%を記録し、2020年に至るまで70%以上の数値を保ってきた。
この20年間で、さまざまな感情が、言葉やスタンプとして目の前に現れるようになった。インターネットを通して、知らない誰かが吐き出した言葉に心乱れることが当たり前になった一方で、世界のどこかに同じ悩みを抱いている人がいて、どこかにヒントがあって、新たな選択肢があるんだと、信じられるようになったのも事実だ。それは、この時代を生きる私たちの大きな特権だと思っている。

私は2000年代後半に学生生活を送っており、当時は毎日のように、SNSやブログに何かを書き込んでいた。しかし時を経るにつれ、その頻度は落ちていった。だって、私なんかが書き込まなくたって、ここにはもう十分言葉があふれていることに気がついたから。インターネットには、自分が考えているのと同じようなことが、はるかにわかりやすい表現で、ごろごろと無造作に転がっている。自分が通勤電車でふと感じたことや、家族と過ごして考えたことを、わざわざ言葉にしたって、いったい何の価値があるんだろう。頭の中に浮かんだ言葉を、私があえて外に出す意味があるとは思えなくなったのだ。

自分と似たような人たちがたくさんいる安心感と、広く、自由な世界で埋もれていく寂しさと。その両方を手に入れた20年だった。そのあいだに、私は就職をし、恋愛をし、結婚を経て、子供を産んだ。


そして2020年初め、新型コロナウイルスの脅威が世界中を襲った。私たちはこのウイルスによって、いろんなものを奪われた。かけがえのない生命、仕事、芸術、日常の何気ない会話たち。

特に目的もなく誰かと会うことが、人の生命を脅かす行為に姿を変えた。その人と話すのは本当に必要なことなのか。リスクを冒してまで、あるいはオンラインで場を設定してまで交わされるべきものなのか。あらゆる雑談にそんなハードルが課されるようになった状態が、かれこれもう1年以上つづいている。

その結果、私たちの交わしてきた言葉のほとんどが、不要不急なものとしてカテゴライズされることがよくわかった。

「昨日の夜もYouTube見ながら寝落ちしちゃったよ」
「この前、あの人とやっと食事に行ってさ」
「やっぱり、こういう部分だけはどうしても許せないんだよね」
「さっきまでご機嫌だったのに、あと一歩のところで泣き出して」

街角で、エレベーターの前で、食事のテーブルで、喫煙室で、それまで私たちが交わしていた言葉は、不要不急どころか、口にしたそばから消えていくものばかりだ。どこにも残らないし、明らかな生産性もない。しかし、それらが奪われて、初めて感じたことがある。私たちの日常は、そういう、何の目的も持たない何気ない語りにこそ映し出されていたのではないか、ということだ。

そう強く感じたのは、2019年半ばから所属している、もぐら会での経験がきっかけだった。もぐら会とは、エッセイストの紫原明子さんが主宰する、「他者との会話を通して、自分と世界とを自分自身で掘り深めていく」ことを目的とするコミュニティだ。当初から定められているイベントは、月に一度の「お話会」。一度につき15人ほどで集まって、一人5分程度、何かを話す。
テーマは設定されておらず、何を話してもいい。そして、上手に話さなくていい、面白く話そうとしなくていい。他のメンバーは黙って耳を傾ける。語りが終わったら、感想や質問は口に出さずに拍手をして、次の人がまた新たな語りをはじめる。
不思議なもので、感想や質問が投げかけられないとわかっていると、肩の力がすっと抜ける。人前で話す緊張感は残しながらも、まるで気の置けない友人と雑談をしているかのようなテンションで、5分以上の語りが口から出てくるようになる。
ここで、あるお話会で、印象的だった語りを紹介したい。

最近、一人暮らしの自宅で、よくパンを作ってるんですよ。そういえば、自分が子供の頃、母親は何か嫌なことがあると、無言でパンをこねていました。キッチンから、パン生地を、ダン、ダンと、叩きつける音がして。発酵に失敗して出来たピザは、お母さんの不機嫌の味でした。

あるいは、先日やっと元配偶者が家を出ていきました、という語り。

とてもすっきりしたんですよ、それが。びっくりするくらい。それでいま、ミジンコを飼いはじめたんです。ミジンコ。あと、エビ。これがまたかわいいんです。


こういう語りに出会うと、ああ、この人はたしかにこの人なんだ、と思う。私たちの人生は、こういう、一つひとつの行為の連続によって成り立っている。何かの理由があって、何かの行為をする。シンプルな連なり。その連なりそのものが、その人が、他の誰でもないただ一人の存在である証明になる。


この20年間、インターネットにあふれるたくさんの言葉を目にして、自分の人生と似たようなものがたくさん存在することに安心感を抱いてきた。しかしそれは錯覚だったのかもしれない。それぞれの人生は、一見似ているようで、全然似ていない。たとえ、多くの人生が、結婚式やお葬式で読まれるポエムの定型文に当てはまるとしても、日常のできごとや日々交わした何気ない語りを集めたら、それはたった一つの人生として浮かび上がってくるのではないか。それはきっと、コンテンツとして整理されたストーリーや、百四十字に短縮された怒りや悲しみとは、まったく違うものになるだろう。

それを、いま、確かめなくてはいけないと思った。この文章を書きはじめたのは、2021年1月7日。コロナ禍において、二度目となる緊急事態宣言が発令された。誰かの半径2メートルに近づくたびに、それはいま本当に必要なことなのかと問われる日々の中で、私たちの無目的な言葉たちは、再び失われてしまうのだろうか。ふとした一言を口にする場所が失われ、これまでにも増して、インターネット上で自分と似た感情を探してしまうんだろうか。
そんな現在だからこそ、一人ひとりが何を考え、どんな理由で、どんな行為をしてきたか、その連なりを、その人の言葉そのままで描き、たしかにそこにあるのだと確かめなくてはいけない。


本書では、属性も世代も異なる17名に対して、インターネットの日常化が進んだこの20年間、どんな日々を営んできたのかについて聞き取りを行い、収録した。可能な限り、語りを「そのまま」に近い形で載せることを目指し、使われた言葉や口調は、極力修正せずに残している。
語り手の名前はすべて仮名とし、登場する人物名や地名についても個人情報の観点から置き換えを行い、既定の文字数に合わせてエピソードを削っている。そのため、まったく「そのまま」であるとはいえないが、こちらで表現を置き換えたり、語られた内容の順序を入れ替える作業はしていない。また、社会におけるできごとについて、若干の認識の相違があっても、聞き手が細かく訂正を入れるようなことはしていない。

本書に収められた17名の語りを通して、わかったことがある。私たちの日常は、こんなに言葉があふれている現在でも、ほとんど言語化なんてされていない。また、収録された語りについても、そのうちのごく一部を、拾いあつめたに過ぎない。これは、そのときたまたま語られた、ほんのひとかけらの物語だ。私たちは、その語りにふれるたび、ここで語られていない、まだ言葉にされていないものの大きさを知る。

あなたは、彼らの語りを通して、実感するだろう。日常の連なり、ただそれだけをとってみても、私たちはこんなにも一人ひとり、違うものを抱えて、違う時間を過ごしているのか、と。それは同時に、あなた自身もまた、そうやってこの二十年を生きてきたと認めることでもある。
たとえ、自分と似たような感情や経験がたくさん存在していて、まあありふれた人生だよねと思っていても、あなたにはあなただけの、固有の物語がある。それは事実だ。もし本書を読み終えて、あなたの過ごした20年を思い返したら、そのうちの一部でも、一つのエピソードでも、誰かに語ってみてほしい。反応がどうであれ、その語りは、あなたがたった一人のあなたであることの証明になるだろう。


★第三十二回文学フリマ東京 5/16(日)開催
【開催日時】2021年05月16日(日) 12:00〜17:0
【会場】東京流通センター 第一展示場
【ブース】テ-01〜02「もぐら会」

★インターネット販売もしています。ただいま予約受付中!



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