「●●って●●だ」シンドロームと、定型にハマる罠。
会いたいって、温めたいだ。
自分は、きっと想像以上だ。
といった感じのキャッチコピーをよく見かけることはないだろうか。
すぐ思い出せるのが2つしかなかったのでそれだけ書いたが、いわゆるコピー定型の一つである。
コピーとは謎かけに例えられたりする。「●●とかけて■■と説く、その心は▲▲」構造が、コピーの特徴である「発見」につながるためだ。
例を示すと、例えば教育系で「バカヤローって、愛情だ。」みたいなコピーがあったとしよう。これを分解すると「教育とかけて叱ると説く、その心はどちらにも愛情が必要でしょう」みたいなことになるわけだ。
で、「叱るって愛情」みたいなのだとあまりにそのままなために言い方を叱るときのワードとして、「バカヤロー」とインパクトのあるものに変えてみる、といった感じ。
まあ多分今こういうの出すと「パワハラ」「一方的」と炎上すると思うけども。
で、こういった「型」がなぜあちこちで見られるかといえば、便利だからにほかならない。AといえばBだと思いがちだけど、見方を変えるとCとも言えるんじゃないか、ということを「A=C」と表現するやり方として、非常に使いやすい。あと、なんとなく一気にコピーっぽくなる。宣伝会議賞の1次通過以上のコピーを集めたSKATでも、この手法を使っているものは多いと思う。その証拠に前回のSKATの中でこの手法を使っているものをすべて抜き出した結果…を書ければ説得力があったのだが手元にないのでできなかった。もし手元にあったら凄まじい労力が必要とされるところであった。危ない危ない。
名作コピーが一つの型となることもある。というかパロディ元となることもある。「恋を何年休んでますか」とドラマのタイトルになったものもある。
そういった型が決まったものを使うことが悪いのか?というと一概にそうとも言えない。冒頭のコピーなんかも型に入ったものではあるが、いいコピーだ。
危ないのは「型に入っているからなんとなくいいコピーっぽく感じる」ことである。よくよく考えるとまったくわけのわからないコピーなのに「はっ、なんかあの名作っぽい!いいコピーかもしんない」などと勘違いしてしまうのだ。数多の勘違いをしてきた人間が言うのだから間違いない。
そういう点に気を付けて、上手に「型」を使いましょう。