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アーバン・リターン
孤独ほどに没頭できる嗜好品はない。 平日の真ん中。定時退社日の水曜日。
会社近くの古本屋にふらっと立ち寄り、ハイデガー「存在と時間」を目当てに文庫棚を散策することにした。良訳で評判のちくま学芸文庫版の在庫がないとみるや、お目当てを諦め、じきに帰路につくことにした。
悪い癖であるが、退店するとすぐに、そういえば、筒井康隆の「虚構船団」を探していたことを思い出し、意識が停泊してしまった。
が、もう遅かった。遅れた意識はiPhoneのメモに埋葬することにして、事務的に処理をした。
飯田橋の交差点の横断歩道を渡る。時機が悪く、ちかちかと光る電気信号と左折待ちの黒いハイヤーが私の歩幅を急かした。「ハイヤーで送迎している奴には文学なんてわからない」と、保身のためのわけのわからぬ世俗的な欲求の変異体がわたしを満たし、地下に降りた。
しばらくたっては、東武東上線直通の有楽町線に揺られることになった。
巨人対楽天の交流戦の中継を見ているうちに、駅に着いた。そういえば、東京ドームでの試合だ。会社から徒歩圏内の東京ドーム。踵を返すようにして、帰路に就いた。
最寄り駅近くのスーパーで20%引きのお惣菜、発泡酒を購入して、自転車を走らせた。籠の上では、3円のビニールがすでに破れていた。籠にささくれがあったみたいだった。そういえば頬にニキビができていることにも気が付いた。
あいみょん、ヨルシカなんかのメロウな音楽を聴きながら、普段の生活を共にしている崇高な芸術的自意識をどんどん心の底に沈めて、俗悪的で平凡な意識を優勢にしながら、何も考えずにペダルをこぐことにした。
妙な歯がゆさがある。 それに呼応するようにして、孤独が沸き立った。
やっとだ。 2匹のチワワを散歩させる男が、アウディーの停車する一軒家に入っていった。 今日も調子がいいみたいだ。
終わり。