バンコクマダム連載コラム『タイ生活』より 第8話・・・「ブラックジャック」
若い頃、長期旅行者としてタイに来て間もない頃のことだ。
私はタイが「アバタもエクボ」状態で、タイ大好きオーラが全身から放たれていたと思う。
道を歩いていて、とても人のよさそうな男に声を掛けられた。男は、自分は空港の入国審査の係員で、私が数日前に入国した際に担当したのを覚えている、と言う。「ははは。毎日、ものすごい数の入国者がいるのに覚えているはずないやろ・・・」と思ったが、「ワイ(合掌)して『サワディーカー』とタイ語で挨拶してパスポートを出したからよく覚えている。」と言われると・・・確かに、した、した・・・・と、一気に信じてしまった。
その男は、「姉が看護師なのだが近々日本に研修に行くことになった。日本のことは何も知らないから教えてあげてほしい。」と頼むのだ。
私も、イミグレーションの人ならビザのことについて色々教えてもらいたいという下心があった。で、「お姉さんに日本のことを教えてあげる日」を約束した。
約束の日、その男はきちんと時間に待ち合わせ場所にやってきてタクシーで家らしきところに私を連れて行った。住宅街の普通の一軒家で、家に入るとすぐに看護師だというお姉さんが挨拶に来た。物静かな感じの40歳前ぐらいの人だ。
しかし、挨拶だけしてどこかに行ってしまった。
「ありゃりゃ?日本のことを色々聞きたかったんとちゃうのん?」と思ったけど、「またすぐに戻って来はるんやろ。」と思い直す。
そのうちに、男が「トランプをしよう」と言い出した。言っとくけど、私はトランプが嫌いだ。ババ抜き、神経衰弱、七並べぐらいしか遊び方を知らない。
男は、「教えてあげるからブラックジャックをしよう」と言う。
「トランプ嫌いやって言うてるやろ・・・」と思いつつ、その場の雰囲気を壊さないように遊び方を教わる。
しかし、ヤル気ゼロなのでちっとも理解できないし全く楽しくない。
なのに人の気も知らず、男は「もうすぐ西洋人の客が来るから一緒にしよう」なんて言う。その上、上手くやったらちょっとした大金が手に入る、と。
「ええええっ!今すぐに止めたくてたまらないトランプをまだする気?!
しかも、『お金が手に入る』とかって賭け事やんっ!賭け事は、トランプよりもっと嫌いなんやーっ!」と心の中で叫び、口ではシンプルに「ノー!」と言った。
そこに、バシッとスーツを着こなした初老の西洋人がアタッシュケースを提げて登場。私にも丁寧に挨拶をしてからアタッシュケースをパッと開けた。
それを見た途端、私もパッと「だましたやろっ。アホっ。」と大阪弁で叫んでその部屋から飛び出した。
西洋人のアタッシュケースの中には、ドルの札束がギッシリと詰まっていたのだ。
「人の親切をこんな形で悪用して!」と怒って泣く私を、男は「ソーリー。ソーリー。」と言い続けながらタクシーで始めの待ち合わせ場所まで送ってくれた。
今でこそ、いかさまトランプ博打のことは多くのガイドブックに載り、注意するようにと書かれているが、あれはその出始めだったのか。
何度思い出しても怖さと怒りで震える・・・・・
(2013年11月号)
❁お読みいただきありがとうございます。❁
これは、タイのフリーペーパー『バンコクマダム』に2013年から連載させてもらっているコラムをちょこっと編集し、まとめておきたくて書き留めています。
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