過去を抱いて今は眠るの 6
「な、なにそれ?どうなってるの?」
宮園恵(ミヤゾノ メグミ)は座っていた座布団から身を崩し、顔を引きつらせながら後ずさった。
顔面を殴られたはずの冷原一(セイライ ハジメ)は、他人事のように頭の後ろをぽりぽりと搔いている。
「お前が言うところの幽霊ってやつだ。だからハジメには触れることはできない」
渡良瀬誘(ワタラセ イザナ)は下を向いて、頭を押さえた。絞り出すように放たれた言葉には、失望がにじみ出ているようだった。
「う、嘘だよ。だって目の前にちゃんと実在してるじゃない」
視線をぐらぐらとさ迷わせながら、メグミはセイライを見た。足だってきちんとある。靴は使い込まれているのか、砂埃が付いていた。他の人と違うことと言えば。麦色に染め上げられている髪の毛くらいだろう。制服もワタラセと何の変わりもない。ネクタイに青色のストライプが入っている。だから、一年生だというのは会った時にすぐに分かった。でも違和感はある。同学年のはずなのに、メグミは一度も学校内でセイライの姿を見かけたことが一度もなかった。
「ハジメは特殊なんだ。人を選んで自分の意思で姿を見せたり消したりできる」
ワタラセが腕を組みながら言った。
「そ、それは。なんて便利な特殊機能・・・」
メグミが唖然としながら言うと、セイライが噴き出すように笑った。
「そう言われたのは初めてだ。といってもイザナ以外の前に姿を現すのはずいぶんと久々だな」
「そうなの?」
聞くと、ワタラセは大きく舌打ちをした。
「俺に説教するくせに、人と関わりを持つのが面倒なんだと」
「それは、イザナと俺の立場が違うからだろう。イザナはちゃんと生活に溶け込まないと、これからもっと孤立してしまうぞ」
「うるせぇ、別にいいんだよ」
気の抜けるような二人の小競り合いを聞いているうちに、メグミは自分の中に渦巻いていた恐怖心が薄れてゆくのを感じていた。理解しきれない出来事が次々と巻き起こっているというのにも関わらず、目の前に居るワタラセも幽霊のセイライも何一つ緊張感がない。なんでもないようなことのように振る舞っている。いや、二人にとってはこれが日常なのかもしれなかった。
「あのぅ、質問よろしいでしょうか?」
まだ言い合いを繰り広げている二人にメグミは恐る恐る挙手した。
「おう、言ってみろ」
ワタラセが顎でメグミを指した。
「ワタラセくんとセイライくんは本当に幼馴染なの?」
「そうだ」
ワタラセが面倒くさそうに答える。
「じゃあなんで憑りつかれてるの?」
「面倒な質問はなしだ。それにお前には関係ねぇ」
「あのねぇ、今更関係ないこともないでしょ。私の行動でワタラセくんに急に死なれても困るの!」
少し声を荒げたメグミを鬱陶しく思ったのか、ワタラセはそっぽを向いていしまった。
メグミがワタラセを睨み付けていると、セイライが立ち上がりメグミの横に膝をついた。そしてメグミの耳元で囁くように口を開く。
「俺はイザナにもっと人との関りを持ってほしいんだ。でもイザナはへそ曲がりだろう?」
「それはもう、とっても」
「だから呪い殺すって嘘の脅しをかけないと、なかなか人助けをしたがなない」
「えっ!嘘なの!」
メグミが驚きの声をあげるとセイライは口元に指を立てた。
「当たり前だ。まぁ、イザナも信じ込むほど馬鹿じゃない。嘘なのはとっくに気づいているはずだ。でも俺がこうやってイザナに言い訳を作ってやらないと、人助けをしたがらないんだ。素直じゃないからね。せっかく他人とは違う特性を持ってるのに」
「幽霊が見える特性・・・」
「そうだ。まぁ、そのせいで元々少しだけ孤立気味だったんだ。でも俺がこうなってからさらに人と関わらなくなってしまった」
「そうなんですか」
メグミは改めてソファーに踏ん反り返っているワタラセを見上げた。不機嫌そうに横を向いている。意地の悪い態度ばかりを取るワタラセに、腹を立ててばかりだったが彼は彼なりに苦労しているのかもしれない。
普通の人には見えない何かが見える。
他人と共有できない恐怖。
それは底が深く、真っ暗で、とても恐ろしい事のように思えた。自分だったら耐えられなくて、ペシャンコになっているかもしれないとメグミは思った。
「ともかく、原因が分からないと俺はなんもできねぇ。だから今日は帰るぞ」
ワタラセはソファから立ち上がり、ため息まじりに言った。
「え!私に憑いてる幽霊はこのまま?」
「別にいいだろ、存在を知ったってだけで何かが変わるわけじゃない」
「そうだけど・・・でもちょっと・・・」
「ともかくお前はこの子から取った物がなんなのか少し考えてみろ」
「うーん。考えるって言っても心当たりがないし・・・。というかワタラセくんが私に憑いてる幽霊に直接聞けばいいんじゃないの?」
メグミが提案すると、ワタラセは露骨に顔を歪めた。
「俺は幽霊が見えるだけだ。それ以外は何もできない」
「でも、セイライくんとは普通に喋ってる」
「こいつは少し特殊なんだ」
ワタラセは両腕を組んで顎だけでセイライを指した。見るとセイライは困ったように笑っている。
「とにかくお前は原因を探せ。そしてその結果を明日の放課後俺に報告しろ」
それだけを言い残すとワタラセは大げさに足音を立てながら倉庫から出て行った。