キラキラとは程遠い。1
欲しいモノがある。
「私と付き合ってよ」
そう言うと、タケオはたじろいだ。体育倉庫の薄暗い蛍光灯が、彼の栗色の髪の毛を照らしている。もう8月だというのに、中学校で指定されている長袖長ズボンのジャージを履いていた。暑くないのだろうか。
「え、なに。えっと・・・なんで・・・」
あぶくが消えるような声。
彼は口を少しだけ開けて、息を吐いた。そこからどんな言葉が出てくるのかと、私は待ったけれど、残念ながら言葉にできるほど粘度のある空気はそこにはなくて。胸につっかえる沈黙がしばらく続いた。
一歩近づいてみると、タケオは大げさに後ずさった。
「いいでしょ?」
思わず攻め立てるような口調になってしまう。私は少しイラついていた。 ハッキリしない彼の態度に私は焦りのようなものを感じ、その焦りが私の苛立ちを助長する。返事なんかすぐに返ってくると思っていたのに。タケオは相変わらず怯えた獣のように私を警戒している。今だけではない、思い返せば彼はいつもおどおどしていた。いつだって何かに怯えているようで、大きい物音がなると、少しだけ体を揺らすのを私は知っている。
タケオは体をこわばらせながら、まだ俯いていた。
彼の顎から汗が滴っているのが見えた。拭わないから、音もなく床に水玉模様を作っている。 タケオの顎に触れるかわりに、自分の顎に触れると全体的に湿っぽかった。着ていたシャツが背中に張り付いて気持ちが悪い。意識しだすと額から汗が垂れてきたので私はそれを手の甲で拭った。無意味に唇を舐める。口の中が乾燥しきっていて、水分のない舌でザラついた唇に触れただけだった。高い湿度とかび臭い体育倉庫の空気が私の肺に侵入してくる。こんなの美しくない。早くここから出たい。
「何も言わないから決定ね」
「え?」
私の言葉にタケオが初めて顔を上げた。目も口もまん丸になっている。
一瞬目が合ったけれど、彼はすぐに視線を下に落としてしまった。
「今日は用事があるから、月曜日から学校が終わったら一緒に帰るの。わかった?」
タケオは何も言わない。下を向いてちっとも私を見てくれない。
私はニコリと微笑み「わかった?」ともう一度聞いた。彼は体を震わせ、ゆっくりと首を縦に振る。
そう、それで良いのよ。
「じゃあこれからよろしく。私もう行くね」
体育館倉庫の重い扉を開ける時、ぬるりとした感触がした。手がじっとりと湿っている。思っていたよりも緊張していたのだと気づきあまりの滑稽さに笑い出しそうになった。
だって私。タケオのことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだもの。
好きでもない男の子に告白をした私は、くつくつと笑みをこらえながら体育倉庫を後にする。
タケオの視線を背中に感じていたけれど、振り向いたりはしなかった。
後ろで扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。タケオはこの音にもビクリと体を震わせるのだろうか。まぁ、どうでもいいのだけれど。
私には欲しいモノがある。
それは素敵な世界。私はどうしたってそれが欲しい。