多分、同じ月を見ているのだろう
木漏れ日が落とすまだら模様がくすぐったそうに揺れている。公園のベンチに腰を掛けて、ぼんやりとそれを眺めていた。
持ってきたサンドイッチはとっくに食べてしまって、パンくずも鳥たちにあげてしまったから、私はすることもなく休日を持て余していた。
さんぽ中の誰かの犬が短く吠えると、それに反応した鳥たちがいっせいに飛び立っていった。巻き起こる風に木々がざわめいて、思わず顔を上げると、月があった。青い空に、いまにも剥がれ落ちそうな、そんな心もとなさで。
薄白く空に張り付いている月を見ながら、私は彼のことを考えていた。
「好きだよ」
と、どこにでも溢れている言葉一つで私と彼はお付き合いをしている。
私たちはお互いに少しだけ遠くに住んでいて、約束をしてときどき会う。まいにちメールをして、特別な日には電話をする。彼がこんど私の知らない友達たちと旅行に行くことも知っている。仕事で少し悩みを抱えているのも知っているし、彼に訪れた嬉しい出来事の話も知っている。
大切な人のことを知るたびに、心が満たされた気持ちになる。
でも、私は彼の日常を知らない。
彼がいま何を思っているのか私は知らないし、私がいまほんの少しだけ寂しさに浸っていることを彼は知らない。
そんな些細なズレが私たちのあいだにはゆったりと横たわっている。不意にそれを感じて絶望することもあったけれど、月日が流れてゆくうちにうまく受け流させるようになった。
たけど、それでもどうしようもできないときは、月を見るようにしている。お互いに少しだけ遠くに住んでいる私たちが同時に共有できるもの。
彼もいま、多分、同じ月を見ているのだろう。そう思うと、ちょっとだけ心が軽くなる。
青い空に浮かぶ心もとない月を見上げながら、私の日常が今日もゆっくりと過ぎてゆく。