疲れきった天国 1
「飲んで良いよ」
そう言って、コンビニから戻ってきたマキオが渡してきたのは缶チューハイだった。私は顔を歪めながらもそれを受け取る。勢いよくプルタブを引くと空気の抜ける音が車内に響き渡った。夏の夜だけが持つことを許されている密度の濃い空気が、冷えた缶にまとわりついて、水滴となり私の手や肘を濡らした。
ひと夏の恋も、欲望も、嫉妬も、幸せも、まどろむような疲労感も、すべてをごちゃまぜにして、なんだかよく分からなくなったものが夏の夜の空気で、秋が来るまでの少しのあいだいやらしくじっと残り続ける。そして私たちは今まさにその中に居て、お互いに溺れないよう薄く息をしてやりすごしていた。
言いたいことも、言わなくてもいいことも、この触れられそうに熱を帯びた空気が伝えてしまうのではないかと、私はひとり表情を引き締める。慎重にならないといけない。一時の感情で動いてはいけない。夏の夜はすべての判断力を鈍くさせるから。それなのに私はまたおなじことを繰り返そうとしている。
五年前の春、大学に進学するためにこの街を出た。当時の私にとって、街を出るということはマキオの元を離れるということと同義だった。あの日、新幹線のホームまで見送りに来てくれたマキオとどんな言葉を交わしたのか今ではあまり思い出せない。「風が強いね」とか「少し寒いね」とか、そういうものでお互いに沈黙を埋めるので必死だったような気がする。新幹線が時間通り来て、私はそれに乗り込み、確かマキオに手を振った。その時自分がどんな顔をしていたのか、マキオが手を振り返してくれたのか、それすらも曖昧にしか覚えていない。でも一緒に手を繋いで歩いた道に桜の木が生えていたのはなぜだか妙にはっきりと覚えている。枝に連なっていたつぼみがはちきれそうに腫れていて、苦しそうで見ていられなかった。まるで私のようだとも思った。
新幹線が音もなく動き出し、狭い窓から見えていたマキオのすがたが後ろへ流れてゆく。それが完全に消えて見えなくなったのを確認してから、私はその日初めて深く息ができた。
緊張の糸が引きちぎられ、一気に脱力感に襲われた。
私はマキオに期待していたのだ。
それも自分で気が付かないほど、どん欲に。
私が去ると知っても平静を保っているマキオが、最後の最後で私の全てをさらってくれるのではないか。この街も家族も学校も全て捨てて、私だけを選んで手を引いてくれるのではないか。そんな期待がどこかにあった。だから彼が口を開くたびに私は胸が高鳴り、たわいもない言葉が放たれると勝手に落胆した。それを何度も繰り返し、私の精神は擦り切れる寸前だった。マキオは私が居なくなっても何も思わないのだ。それは彼の落ち着いた態度が何よりの証だった。それなのに私は繋いだ手から伝わる微かな指の動きにですら、私を求めているマキオが居るのではないかと探してしまう。でも彼はきっと私の指がかじかんでいることすら気づいていない。分かっている。分かっているのに、期待してしまう。どうしてこんなにも私は愚かなのだろう。
ごうごうと走る新幹線の中にはあまり人が居なかった。何もない平日の昼間。スーツ姿のサラリーマンが数人まばらに座っているだけだ。もちろん私の隣も空席で人がこれから座る気配すらなかった。でも私は体をなるべく小さく丸くして縮こまっていた。いじけた子供みたいな体勢を取ることでしか、自分で自分をなぐさめる方法をその時の私は知らなかった。
降りた駅は暖房とひしめく人のせいで生ぬるかった。埃っぽい空気は粉のようで、死んだ虫を連想させた。
そうだった。
私は死ぬために街を出たのだ。
マキオに関する全ての感情を死なせるために。
マキオの元を離れると決めたのは紛れもなく私自身で。ただ計算外だったのは、それをマキオに阻止してもらいたいと願う自分が混在し始めたことだった。期待することは、治らない傷を負うことと一緒なのに、どうしてか私はいつも甘い夢を見ることをやめることができない。
新しく住むアパートの横には小さな公園があって、そこにも桜の木が何本か生えていた。私は必要最低限のものだけを詰め込んだスーツケースを引きずりながら、その桜の木の下を通った。
住んでいた東北の片田舎と違って、ここではもう桜は散り始めていた。誰かに踏みつけらえた桜の花弁が茶色く変色し、道路にへばりついている。私はわざとそれを踏みつけながら、あの街から本当に離れたのだと実感していた。ずいぶん遠くへ来たのだと思うと、淡く抱いていたマキオへの期待が諦めへと変わり、胸をほんの少しだけ軽くした。ほんの少し、それこそ桜の花弁程度の軽さだったと思う。その程度でも救われたような心持ちになった。吐息で飛ぶほど軽い桜の花弁でも、積み重ねれば相当なものになるだろう。
もう後戻りはしないのだ。私とマキオの関係もこれで終わらせることができる。
私は街のことを、いや正確に言うとのマキオのことを、日々の忙しさの中に混ぜ込み、考えないようにしていた。
はじめは毎日とっていた連絡も日に日に減っていった。繋がりの糸がだんだんと薄れてゆくのが手に取るように感じられた。マキオから離れた私が、その糸を手繰り寄せる資格はない。今感じている脱力するような寂しさも、流れてゆく時間が全てを解決してくれるだろう。そうやって日々をやり過ごしていた。
そんな矢先、お母さんが倒れたという連絡が来た。
命に関わるほどではないと電話口で父親から説明された。交通費は出すからお見舞いするついでに一度帰ってこいということを遠回しに言われ「勉強とバイトが忙しいから」と、とっさに断った。しばらくあの街には帰りたくなかった。マキオの居ない生活にようやく自分を押し込み始めたところだった。
私の冷たい物言いが気に食わなかったのか、父親はわざとらしく大きなため息をついた。それから怒鳴り声が遠い地から電波に乗って、私の住むボロアパートの窓を微かに揺らした。娘を罵倒し続ける父親の汚い声は私にとって脅威でもあり、同時に日常でもあった。この人は一度頭に火が付くと、疲れるまで誰にも止めることができないのだ。他人にはもちろん、他でもない彼自身にも。
父親が疲れ切るまで私は洗濯物をたたみながらお母さんのことを考えていた。もうしばらくは帰らないつもりだったけれど、私が家を出る最後まで不安そうな顔をしていたお母さんを思い出すといたたまれない気持ちなった。
ときどき怒りに憑りつかれる父親の元にお母さんを置いてきぼりにしてしまったことに対するうしろめたさも感じていた。けれど、私があの家にいたところで、何も変わらなかったと今では思う。お母さんは自分の夫がいくら怒り狂おうと、彼を悪く言ったことは一度もなかった。いつも穏やかに笑っていた。
他人から見たら絶望するような夫婦関係なのに、柔らかく微笑んで、つつましやかにたくましかった。
お母さんの笑った顔を見ると、なんだか全てがうまくいくような気がして、生きているうちで一番安心できた。たとえそれが一時しのぎの安らぎでも、それに何度も救われた。陽だまりのように温かい声も、皮の固くなった冷たい手のひらも、近くに座ると懐かしい匂いがするところも、その全てに。
一度記憶の蓋を開けると、お母さんへの気持ちがとめどなくあふれ出てきた。
父親は息を切らしながらもまだ何かを叫び続けている。今まで脅威だった怒鳴り声も、こうやって物理的な距離を置いたら薄い膜に包まれているようで、まったく耳に入ってこない。
私は携帯を耳から離し、画面をタップした。罵声は強制的に私の生活から排除されて、アパートには音がなくなった。
静けさが部屋に浸透するまでのあいだ、私はお母さんに会いに行くことを考えはじめていた。
父親にも、もちろんマキオにも気づかれないように。