キラキラとは程遠い。4
女子っていうのは、不思議な生き物だと思う。
お互いを手の内を探り合い、涼しい顔で自慢する。優越感に浸りながらも慰める。呪いながらも一緒に喜び合う。笑いながら嫉妬する。それが馴れ合いながら繰り返される。
この狭い教室の中で感覚を研ぎ澄ませて、目には見えない空気に上手く対応していかなきゃいけない。でも、鋭すぎても可愛くないから頭が悪いと思われない程度に鈍感を装うことが大事なのだ。女の子はみんな、そうやって自分を守って生きている。
授業が終わるたび、教室はまばらに騒がしくなる。そんなざわめきとざわめきの間に、私を呼ぶ声があった。
「ねぇねぇユメっち!」
久しぶりに話しかけられた声に、安定していた鼓動がきしみだす。感情が陰り、意識しないようにすればするほど指先が痺れるような感覚に襲われた。私と一緒にいたときは、「ユメっち」だなんて呼んだことなかったのに。
ナツミの明るく弾んでいる声は、新しい話題に対する期待が織り交ぜられているように感じた。なんとなく、嫌な予感がしたけれど、それを悟られないように私はゆっくりと笑顔を作る。
「なあに?」
「もしかしてワコウと付き合ってる?」
「え?」
聞かれて、一瞬誰のことがわからなかった。ナツミの視線が、前方の廊下側の席に座っているタケオに向いていて、ようやく彼のことだと理解した。
ワコウ タケオ。
いつも名前で呼んでいたから、耳がタケオの苗字に慣れていなかった。彼と下校するようになってもう一ヶ月が経つ。きっと一緒にいるところを見られたのかもしれない。中学校の学区なんてそう広くもないし。ただ、ナツミからその質問を投げかけられたことに驚き、そして反応ができないでいた。
「え!もしかして本当なの!?」
ほんの数秒の沈黙をナツミは肯定と受け取ったらしい。必要以上に甲高い声、視界の済で何かが揺れた。タケオが少しだけ体をビクリと震わせたのだ。ナツミの驚いている瞳の奥に何かあるのではないかと身構えてしまう。身構えたところで、きっと何もできないのだろうけど。
教室から一瞬音が消えたような気がした。そしてまた、小さくざわめき出す。四方八方に散らばっていたクラスメイトの目が私たち二人に注がれているのが肌で感じられた。気持ちが悪い。体になまなましく視線が這っている。
ナツミの大きな目がタケオから私へと数回移動して、そして最終的に私のところで落ち着いた。
「へ~そうなんだ。ふ~ん」
ナツミは意味ありげな微笑みを浮かべ、戸惑う私の反応を楽しんでいるようだった。探りを入れるような余裕あるその態度に、怒りが沸いてくる。なんなのだろう。何が目的なのだろう。いや、目的なんてないのかもしれない。ただの憂さ晴らし。気分転換。そんなもの。ナツミは人のうわさ話とか、悪口とかそういったものが好きだったと思い出す。
「そうだけど。悪い?ナツミには関係ないと思うけど?」
言葉尻を強くすると、彼女はわざとらしく表情をくぐもらせた。
「ひど~い。私たち友達だったじゃない」
友達だった。過去形のその言葉が胸に針を刺す。
「私はね、ただね。ユメっちのことが心配なだけなんだよ」
さっきまでの余裕ある笑みを消し去り、唇を尖らせたしおらしい態度。その全てが大げさで、目の前で繰り広げられる下手な一人芝居に感情が揺さぶられる。私のことが心配?バカ言わないでよ。
「なんで?」
「だってワコウだよ?ユメっちが釣り合うわけないじゃん?」
「だから関係ないでしょ?」
「あ、分かった!お金もらってるんでしょ?」
「は?」
誰かが吹き出すように笑った。最近ナツミが一緒にいる女子のグループの一人だった。後を追うような軽い笑い声が耳に入り私の神経を逆なでしてゆく。
「学生同士でも援交っていうのかな?」
誰かが言った。ナツミが言ったのか、さっき吹き出したやつが言ったのか、教室のざわめきの中の一人が言ったのか。分からなかった。
痛いほどに熱い感情の塊が私の中を蠢いている。肺が怒りで縮こまり、浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。
ナツミの意地の悪い顔。教室のカーテンが翻る。みんなが私を見ていた。イスが床と擦れる音。視界がぼんやりと白くなり、緑色の黒板が抹茶クリームのように見える。頭が床に打ち付けられ、脳みそがぐらりと揺れた。痛いとは思わなかった。クラスメイトの足と、くたびれた上履きが見えた。
「え!ちょっとどうしよ!」
ナツミの狼狽する声が上から聞こえる。ざまーみろ。
床がひんやりとしていて気持ちいい。私の意識はそこで完全に途切れた。