はい、と言えない心の底
ほぼ日刊イトイ新聞にずっと連載されている、山田ズーニーさんの「おとなの小論文教室。」
いつも真摯で直球、生身の言葉がずらっと並ぶズーニーさんの文章は、まっすぐに心をとらえにくる。
変にウケを狙ったり、飾られたりしていない文章には、何度だって読むたびに「あなたはどう考えるか」と問われる。
その789番目の文章、「『選択』の時、いちばん大事なもの」というタイトルの記事が、私はずっと忘れられない。
忘れられない、というか喉にずっとひっかかっている。
Lesson789「選択」の時、いちばん大事なもの
https://www.1101.com/essay/2016-07-20.html
「どうしても、“はい”と言えなかったことは、ありますか?」
という最初の問いかけは、私を私自身に向き合わせる。
どうしても、”はい”、と言えなかったこと、と言われて一番に思い出されるのは、10年前、受験する大学を決めるときのこと。
そのときの自分には、どうしても自分の障害についてとことん知りたい、そうして得た知識を社会に還していきたい、という切実な気持ちがあった。
そのために必要なことは、あの大学の、この専攻でなければ、学べない。
自分が学びたいことを学べないのだとしたら、他の大学を受験する意味はない、とわりと本気で思っていた。
だから、周りの人たちが、第二志望、第三志望、といくつか併願している中で、自分はそういうことをする気になぜか全くなれなかった。
ここだったら安全だよ、と、せっかく勧めてもらった学校への出願も、「します」とは言えなかった。
18歳の若さが突っ走らせた結果かもしれない。
それでも私の気持ちを受け止めて、走らせてくれた先生方にはとっても感謝している。
あの時とことん自分の気持ちを掘り下げて、志望動機を書いたり小論文の試験対策をしたことが、その後今にいたるまで、自分を支える軸になった。
とてもとても、贅沢な1年間だったと思う。
なのになぜ今、「どうしても、“はい”と言えなかったことは、ありますか?」という問いかけを見るたびに、ぎくりとするのだろう。
「想いとうらはらな言動をしてしまったことは、ありますか?」
と、ズーニーさんは重ねて問う。
「想いは、
おなかに授かった胎児のように、
生命力がとても強い、反面、とても脆い。」のだそうだ。
守りぬいてやれなかった「胎児」がある、気がしている。
社会に出ていく瞬間は、進学先を決めるときよりもプレッシャーが大きく、「食べていけるか」「そもそも聴こえない私でも働く価値はあるのか」といったことが一番の関心になり、自分の想いをきちんと顧みることはなかったのかも、と思う。
食べていけることと、自分の想いにかなっていること。
社会をしらなかった狭い視野のまま考えた結果、「それは難しい」という答えをはじきだしてしまった。
仕事があるだけ幸せでしょ、まずは食べれなきゃ始まらないでしょ。
社会に出てから4年目に入り、学生だった頃よりもweb上の情報は増えた。
少しだけ自分が知っていることの幅も広くなった。
今なら自分の想いをもう一度、守れるかもしれない。
「想いに忠実な選択をした時、人は後悔しない。」という一文に、泣きそうになる。
社会人だから、聴こえないから、という見方を一度おろして、「自分に問う」ことを改めて今はじめよう、と思わずにはいられない。