【きょうのえぐいはなし 2020/11/07 ニセモノとホンモノと「運」と】

おはようございます。以下、長くなりました。観察すると他者のやることにケチをつけるひとたちは、たいていそのことをやれる条件下にないことが多い。政治家などはこの手のことに始終晒されている。見えない変数をあつかう仕事は大変な苦労を抱えているのは皆気がついているのに、対案を示さず安易に口を出す。

わたしに対して偽善と言ったひとは自分の立ち位置は明らかにしていないが、「唯一絶対な善である」などと言ったら中二病なんだな、と生温く見守っていくしかなくなる。「あなたのため」って「部屋とTシャツとわたし」かよ。様子が想像できるから、曲は好きだけど。そこまでは求めないし考えない。ニセモノであるならば内部的に自分の気持ちが痛むだけだろうか。

ここでだ。生きることが苦しかったり、大変な状況にあるひとたちの「運」をよくすることは結果だけでなく仕組みで可能になった例があるのか調べたい。概念的なので難しいかもしれないが、ことがらとことがらを結ぶ変数に代入できる値として見つけられるだろうか。わたしが扱うのはそのままでは難しいため、擬似的なマルチレイヤーにしたいねらいもある。

自分がされて助かったことだから強要せずにやれることはやるし、目の前の受けた恩を送ることがてきたらよいと思うだけだ。そこから先?さっき本物ではない、と言っておいてなにをいうのだろう。せめて死ぬときには一歩でも自分がなりたい人間になれるようでいたい、というだけなのだけれど。他人とは関係がない事柄だ。

「あんしん?」達成してから口にし、寝言は寝てから言うものです。聞くところによれば、東京電力が広告に「あんしん」の語を入れてするという。舌の根が乾く前にこの手の語を入れて周知して平然とする広告代理店や選者、決裁者の意識を疑ってしまう。

また、安心といえば「百年安心プラン」をかつて厚労大臣であった際に示した坂口力氏も退任してからもう8年経つが、自分が年金を受ける側に立って給付費割合についてや市井での概観からその後どう変わったのか三重に行ったら聞いてみたく思う。ご自身のがんのことのように、亀井静香氏のように引退後も自分の考えを語ってくれるひとならいいが。

これらもかなえられる機会、それこそ運をつくってみたい。


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