青いカーネーション
はじめに
この作品は、Twitter企画「コランダ地方で輝く君へ」の交流作品です。
不都合な部分は、パラレル扱いとしてください。
拙宅
シュクルリ
青いカーネーション
「今は休憩時間だし、ちょっとはお祭り見ても良いよね?」
彼女はジョーイのシュクルリ。いつもはダグシティのポケモンセンターに勤めているが、今日はヴァニルシティのポケモンセンターでのお仕事。
そんなシュクルリは、仕事の休憩時間を使い、花を買うことにした。
今日、ヴァニルシティではクッカ・ムナという祭りを開催していて、お世話になった人に花を渡す日なのだ。
誰か知り合いと会った時に、渡せる花がどうしても欲しかった。
花屋に向かっていると、隣で飛んでいたアブリボンのプディングが、食べ物の屋台の前で足を止めた。
「食べ物は後で買うから……」
何とかプディングを説得して、花屋に到着した。
中に入ると甘い香りがして、思わず頬が緩む。どの花も綺麗だから、目移りしてしまう。
店内を見ていると、鮮やかな青がシュクルリの目に飛び込んで来た。
それは、青いカーネーション。赤や白やピンクはよく見るけど、青はなかなか珍しい。
「その花、きみに似合うと思うよ」
シュクルリが青いカーネーションを見ていると、店員と思われる少女が話しかけてきた。
長い桃色の髪、淡い目の色。
「…ありがとうございます。でも、あたしに似合わなくても良いんです。人に渡したい花なので」
シュクルリは、苦笑しながら少女に返事をした。
「贈り物の、花を買いに来たんだね。…青いカーネーションの花言葉は、“永遠の幸福”だよ」
「ふぅん……素敵ですね。これ、花束にしていただけますか」
シュクルリは店員の少女に、花束を一つお願いすることにした。
お世話になっている人には、永遠に幸福であってほしい。そんな気持ちを込めて、この花を贈ろうと決めた。
***
懐かしさと幸せで満ちる
カーネーションを購入して、ようやく食べ物の屋台を見てまわる。プディングは嬉しくなって小躍りしていた。
「あれ、あのお店パラティーシでは?」
「いらっしゃい!」
明るい笑顔で出迎えてくれたのは、パラティーシのオーナー、ルスカだった。
「ルスカちゃん~!久しぶり!」
メニュー表を見ると、バニーランチボックスの文字。これをテイクアウトしようかとプディングに見せると、喜びすぎて大暴れしたのでボールに戻した。
「サンドイッチ4種類と、サラダとプリンとぬいぐるみが付いてワンコイン!?ちょっと安すぎじゃない???」
「お祭りだからいーの!」
お金を渡しながらシュクルリが心配すれば、ルスカは平気平気と笑い飛ばした。
「え~……?あっ、そうだ!ルスカちゃんにこれ!あと、ヴァロくんの分も渡しておくね」
シュクルリは、先程花屋で買った青いカーネーションを二輪、ルスカに差し出した。
「え~いいの?ありがとー!」
「またフィンブルに帰ったら、お店寄るね!」
また会おうねと言いながら、シュクルリはルスカに手を振った。
ルスカの笑顔と美味しそうなサンドイッチは、シュクルリの心を懐かしさと幸せで満たす。
***
大切な人の大切な人は
「良いごはん買えたねぇ」
喜びながらシュクルリが歩いていると、草むらががさがさと音を立てた。
――まさか、野生のポケモン?
身構えていると、見たことのある狐の面が見えた。
(あの人は、ハートお姉ちゃんのお店の常連の……)
「ハウンド、さん?」
「ん」
ハウンドのことは、従姉妹のハートから話を聞いている。記憶喪失で、倒れていたところをダグシティジムのジムリーダーのカキョウに助けられて。
色々あって、今はダグシティジムのジムトレーナー、そしてハートが店員をつとめるドキドキストアの常連。
「ハウンドさん、うちのお弁当をとっても褒めてくれるの」
ハートは、ハウンドについて何か嬉しいニュースがある度に、シュクルリに話をしていた。
それを聞いてシュクルリは【ハウンドはハートにとって大切な人間】だと理解した。
ハートが大切に思う人間は、シュクルリにとっても大切な人間だ。だから、ハウンドのことを、シュクルリは大切に思う。
***
あたしにとっても大切で
「お祭り、来ていたんですか」
「カキョウとハートも一緒だった。だが、今は別行動している」
そう言うハウンドは、シュクルリの手元を見ている。恐らくランチボックスが気になっているのだろう。
(ハウンドさんはごはん大好きなのって、ハートお姉ちゃん言ってたなぁ)
パラティーシのランチボックスのことを、シュクルリが説明すると、ハウンドの周りに花が飛んだ。ように見えた。
「ぬいぐるみが不要なら、誰かにあげても良いですし。気になるなら、買いに行ってみては……」
「ターブンネッ」
「きゃっ」
いつの間にかボールから出ていたタブンネのフレジエが、先程花屋で購入した花束に触れる。
「あっ、そうだね。ハウンドさんにも、この花を差し上げます」
青いカーネーションを差し出せば、ハウンドは不思議そうに首を傾げた。
「……わかります。あたしに感謝される覚えはないって、そう言いたいんですよね?」
でも、あなたの行動が、あなたという存在が。
あたしの大切な人を笑顔にしているんです。
だから、そう。あたし、ハウンドさんに一方的に感謝しているんですよ。
半ば強引に、青いカーネーションを一輪、ハウンドに握らせて。
「何も返さなくて良いんです。ただ、黙って受け取ってくだされば、それで」
そう呟いて、足早に彼の元を去った。
柔らかなカーネーションの花びらが、ハウンドの手の中で揺れた。
***
旅人さんと赤ちゃん
「やっぱり、パラティーシのサンドイッチは美味しいなぁ」
フィンブルにいる頃はよく食べたなと、シュクルリは懐かしさに浸っていた。
「きゅうっ」
「あれ、グラス?何か見つけた?」
サンドイッチを食べるシュクルリのそばで、同じく食事休憩中だった彼女の手持ちたち。
その中の一匹、アローラキュウコンのグラスが何か見つけたようで、シュクルリを呼ぶように鳴いた。
「これって、ポケモンのたまごだ!パパラチア博士が回収を呼び掛けてた……」
そっとたまごを地面から持ち上げると、ほんのりと温かい。
シュクルリがほんわかした気持ちでいると、突然、たまごがパキパキと音を立てヒビが入った。
「はい?」
「にゃっぱぱぁ」
たまごから生まれたニャスパーと、目が合った。
「どどどどどどどど、どうしよ……」
たまごから生まれたポケモンは、初めて見たものを親と思ってしまうもの。シュクルリを最初に見たニャスパーも、例外ではなく。
「パパラチア博士のところに届ける……?ダメだっ、離れてくれないっ」
「にゃっぱぁ」
じたばたしていると、どこからか「お嬢さん」と声が聞こえてくる。
振り返ると、かつてお茶に誘ってくれたヨツヤというトレーナーがそこにいた。
その時は、ヨツヤの手持ちのポケモンたちが止めたので、結局お茶は出来ていないのだが。
「おおお、お久しぶりです!お祭り、来ていらっしゃったんですね!」
「何だか大変そうだね……」
生まれたばかりのニャスパーに、ヨツヤが微笑みかけると、ニャスパーは右手を挙げてそれに答える。
生まれたばかりとは思えないくらい、しっかりしている。
「そのニャスパーは、お嬢さんが育てるのかな?」
穏やかな表情のまま、ヨツヤがシュクルリに尋ねる。シュクルリはニャスパーを抱きしめながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「この子があたしを親だと思っているなら、育てなければ……ですが……」
例えば、あなたのような旅するトレーナーさんとかが育てた方が……もっと素敵な世界をこの子は見られるのでは。
そんな考えを振り払うように、シュクルリは首を横に振った。
「いえ、何でも。そうだ、これ差し上げますね!」
青いカーネーションをヨツヤに手渡しながら、シュクルリは笑った。
旅人の幸福な旅を祈るのは、ジョーイとしては当然のことだから、この花を渡すのは何も変じゃない。
「あなたの旅が、素晴らしいものとなるように願っています」
「にゃぱ」
シュクルリの腕の中のニャスパーも、彼女と同じ笑顔を見せた。