大好きな人について
はじめに
この作品は、Twitter企画「コランダ地方で輝く君へ」の交流作品です。
不都合な部分は、パラレル扱いとしてください。
こちらの流れをお借りしました。
拙宅
ハート
お借りした方
スイカちゃん
カキョウさん
カンザシさん
リノさん
大好きな人について
フリングホルニでの出来事からしばらくして、スイカがドキドキストアにやって来た。
調査中にスイカが海に落ちた時、彼女を心配をして紅茶を淹れたハートに、直接お礼を伝えたかったようだ。
スイカはお土産に持ってきた茶葉で、甘くて少しスパイスの効いたチャイを淹れてくれた。
「あの時は、本当にお世話になりました!」
そう言って深々と頭を下げるスイカに、ハートは首を横に振った。
「ううん、私もね…結局、護りたかった大切な人に、逆に護られちゃった」
幼馴染に助けられた時のことを思い出して、ハートは表情を曇らせた。
スイカが上司のカンザシの世話になったのと同じように、ハートは幼馴染のカキョウの世話になった。
「人のことなんて言えなくて。お礼なんて…」
言われる立場じゃないんだよ。
そう呟くハートに、スイカは「発想の転換をしましょう」と言った。
こうして今、無事にお茶を飲めるのは、その大切な人のおかげなのだと。
「大好きな人へは、感謝だけ抱きたいです!」
太陽みたいに眩しい笑顔を見せるスイカを見て『この子はもう大丈夫なんだな』と、ハートは安心した。
「スイカちゃん…」
と、ここでハートはひとつだけ気になった。
「カンザシさんが好きなの…!?」
憧れの上司なのだろうと思っていたけれど、どうもそれ以上の熱を感じる。
スイカははたと動きを止めて、それから急に爆発した。
スイカの顔は、彼女の手持ちのオクタンと同じくらい真っ赤だ。
「私、カンザシさまが好きなんですかね!?」
誰かと会話をする中で、自分の気持ちに気付くのはよくあること。
きっとスイカは、無意識にカンザシを想っていて、ハートに尋ねられてやっとそれに気付いたのだ。
チルタリスのトートは、二人の側でやり取りを見ていて、そう感じた。
スイカが帰った後、ティーカップを片付けていると、幼馴染のカキョウが店にやって来た。
「おう、ハート」
「カーくん、いらっしゃい。いつものでしょ?ちょっと待ってて」
カキョウがいつも購入している画材を素早く用意して、ハートがそれを手渡せば、彼は心配そうな顔を見せたって。
「体、大丈夫か?」
ウツロイドに毒を注入されてからというもの、「体に異変が無いか」と、カキョウはハートに会う度に確認をするようになった。
「大丈夫。全然平気よ」
ハートは、幼馴染をこんなに心配させてしまうことを申し訳なく思った。
その時、ハートはスイカに先ほど言われたことを思い出した。
『大好きな人へは、感謝だけ抱きたいです!』
(申し訳ないって気持ちは無くならないけど…でも…)
「カーくんたちがすぐに助けてくれたから、今はもうとっても元気よ。ありがとう」
ハートが微笑むと、カキョウは「そっか」と安心したような表情を浮かべた。
(大好きな人には、感謝だけ…か)
***
それから更に数日後、ハートはカンザシに用事があり、ノアトゥンジムを訪ねた。
ジムに入ろうとした時、中から長髪の人物が飛び出してきた。
ハートよりも少し背の高いその人は、ハートの姿を見て足を止めた。
「行ってきまーす!…って、もしかしてアンタ挑戦者?」
真っ直ぐな目で見つめられて、ハートは少したじろいたが、何とか返事をした。
「いいえ、カンザシさんと打ち合わせがあって…」
「なーんだ、そっか。カンザシさんのところへは、受付にいるスイカが案内すると思うから。じゃ、俺は海に行くわ」
ハートが挑戦者でないとわかると、長髪の人物はあっさりと海に向かって行ってしまった。
ジムの中に入ると、受付に見覚えのあるゴーグルの少女がいた。
「あっ、ハートさん!お待ちしておりました!」
知り合いであるスイカに迎えられ、ハートはほっとした。
「スイカちゃん、こんにちは。さっきの人はジムトレーナーさんかしら?すごい勢いで海に向かって行ったけど」
スイカは「ああ~」と言いながら、受付カウンターから出てきた。
「リノさんですね。仰る通り、ノアトゥンジムのジムトレーナーです。確かハートさんと同い年だったような…」
「そうなの?可愛くて元気な人ね」
スイカちゃんといい、リノさんといい、ノアトゥンジムは元気な人が多いのかしらとハートは首を傾げた。
カンザシは普段、物静かな人物のように見えるので、元気な二人がいるとバランスが良いのかもしれない。
ノアトゥンジムの日常を想像して、微笑ましく思っていると、スイカが「カンザシさまのところまでご案内します!」と、よく通る声で言った。
「カンザシさま!ハートさんお見えになりました!」
「こんにちは、カンザシさん。今日はよろしくお願いします」
ぺこりと一礼して、カンザシの待つ部屋へと入る。
カンザシはハートを、穏やかな笑顔で出迎えた。
「ハートはん、いらっしゃい。わざわざ来てもろうてごめんなぁ。あれから体の具合悪うなったりしとらん?」
ハートがウツロイドに襲われた件は、カンザシの耳にも届いていた。
「ご心配おかけしてすみません。本当に大丈夫なので、お気になさらず…」
「そう?カキョウがハートはんのこと心配しとったから…大丈夫なんかなぁ思って」
「あっ……」
カキョウがハートを心配していたことを、彼女自身も知っていた。
知ってはいたが、それを他人から改めて聞くと、ハートは胸を締め付けられるような心地がした。
(いっぱい心配かけちゃってごめんね…カーくん…)
俯くハートのそばに、カンザシのポケモンたちがやって来た。
ハートが落ち込んでると思い、励ましたいと考えたようだ。
「わっ…もしかして『元気出して』って、そう言ってくれてるの?ありがとう…。カンザシさん、打ち合わせ始めさせてください」
「その様子なら、大丈夫そうやねぇ。ほんなら、はじめよか。しんどくなったら言うんよ?」
「はい、わかりました」
打ち合わせは終始和やかな雰囲気で、あっという間に時間が過ぎて行った。
***
「カンザシさん、優しくて素敵な人よね」
ハートはカンザシとの打ち合わせが終わった後、仕事終わりのスイカを食事に誘った。
個室タイプの隠れ家的お店で、ハートは一度来てみたかったらしい。
「そうなんです!穏やかで優しくて、でもバトルの時は熱くて」
「スイカちゃんがカンザシさんのこと好きになった理由、何となくわかった気がするわ」
ハートがそう言うと、スイカはまた顔を赤くして爆発してしまった。
「大丈夫?スイカちゃん」
「はへ…大丈夫れす…」
最近、カンザシに対する気持ちを自覚したばかりのスイカは、少しのことですぐに照れてしまうみたいだ。
その様子を、ハートとスイカの手持ちのポケモンたちは『本当に大丈夫か?』という疑問の表情を浮かべながら見ていた。
ピチューのポーチだけは、赤ちゃんなのでよくわかっていないらしく、こてんと首を傾げた。
「それで、カンザシさんが好きって気付いたスイカちゃんは、これからどうするの?」
運ばれてきたシーフードパスタを皿に取り分けながら、ハートがスイカに尋ねた。
「私はカンザシさまと釣り合わない…いえ、それだけじゃなくて……私は、カンザシさまのことを何も知らないと…気付いたんです。だから、まずカンザシさまのことを知りたいと思いました」
彼の好みを知らないから、お礼の品さえ思い付かない。
そんな状況を変えるために、リサーチをすることにしたというスイカに、ハートはエールを送ることにした。
「知らないことは、これから知っていけば良いんだものね。わたしはスイカちゃんを応援してるよ」
「ハートさん…ありがとうございます!」
礼を述べるスイカに、ハートはパスタのおかわりをすすめた。
「人を好きになるの、エネルギーがかなり必要だろうから。スイカちゃん、ごはんいっぱい食べてね」
「いっぱい食べたら太りませんか?」
「大丈夫、カロリーはすぐ消費するよ。それにお腹が減ってたら、全力を出せないもの」
***
魚のムニエルが運ばれてきて、「やっぱり、ノアトゥンってお魚が美味しいね」とハートが呑気に食べていると、スイカが「ハートさんはカキョウさんのこと、きっと色々知っていますよね?」と聞いた。
「幼馴染で、長い間ずっと一緒に旅したりしてたから…うん。あっちもわたしのこと、色々知ってると思うし」
ハートの返事を聞いて、スイカの表情が輝いた。
「お互いのことをよく知っていて、ずっと一緒の幼馴染って素敵ですね!」
「でも…いつかお互いに好きな人が出来たら、今みたいに…ずっと一緒ってわけにはいかなくなるでしょうね…」
ハートは少しだけ、寂しそうに呟いた。
「ハートさん…」
「カキョウのこと好きよ…?出来れば、ずっと一緒にいられたらって思うの。だけど彼は家族みたいなもので、恋をしているわけではないから…」
恋をしていなくても、「ずっと一緒にいてほしいよ」と彼に言えば、「ずっと一緒にいてやる」と約束してくれるのかもしれない。
けれど、もしもいつか彼に好きな人が出来たら、その約束が邪魔になるのではないか。
「恋しているわけじゃないけど、ずっと一緒にいてほしいなんて…」
こんな気持ち、伝えて良いものかしら。
わからないから、何にも言えない。
何でこんなことをスイカに言っているのかと、ハートは我に返って「変なこと言ってごめんね」と謝った。
これから甘いドルチェが運ばれてくるのに、味がきちんとわかるのか心配になった。