はちみつレモンといちごパフェ
はじめに
この作品は、Twitter企画「コランダ地方で輝く君へ」の交流作品です。
不都合な部分は、パラレル扱いとしてください。
お借りした方
はちみつレモンといちごパフェ
「相手を愛しているなら、我が身可愛さを捨てろ」
そう言い残して、ドティスは店を出ていった。ハートの手元には、さっき貰ったレモンのはちみつ漬け。
「…テイさんの影響かな。ドティスさん」
あまりそういう言葉を口にしない人だと記憶していたから、正直少し驚いた。
あなたの言葉はきっと正しい。
それでも、それでもね。やっぱり簡単には言えないの。
(そんな簡単に言えるなら、ここまで悩んでいないだろうし)
手元に目線を落としたハートの心に、カキョウと過ごした22年間が、ドティスの言葉と共に重くのし掛かる。
10歳で旅に出るはずだったカキョウの旅立ちを3年も遅らせて、一緒に旅をしてもらって。
今もほとんど毎日顔を合わせている。もう十分に時間を貰っている、貰いすぎなくらい。
ハートは、自分のカキョウに対する気持ちが本当に愛なのか不安になった。
これは彼を駄目にする、ただの『欲』ではないのか?
そんな考えが頭に浮かんで、その晩はあまり眠れなかった。
「チルゥ」
「大丈夫だよ。今日はお休みだからゆっくりするよ」
夜が明けた。心配そうなチルタリスのトートに笑いかけながら、ハートはテレビをつけた。
―――今日のゲストは、コメディアン兼モデルのミルフィーユさんでーす!
テレビ番組の司会者の明るい声が聞こえて、華やかなその人が画面に映る。
深紅の長い髪、ふっくらとした唇、長い手足に切れ長の目。
美しい人が、画面の奥で微笑んでいた。
ハートはミルフィーユと何度か会った事がある。仕事やプライベートでも、彼はドキドキストアに来店するから。
(ミルフィーユさんと話すの、とっても楽しかったな。また会いたいなぁ)
司会者と軽快なトークをして、会場を沸かせるミルフィーユ。それを見ていると、彼と過ごした楽しい時間を思い出して、ハートは少し元気になれた。
元気になったハートは、少し外を散歩することにした。悩みは解決していないけど、それは一旦横に置いておくことを決めた。
毎日素敵なものに触れ、色々なことを頑張って、自分にもっと自信をつけたい。そうすれば、いつかカキョウに気持ちを伝えられる日が来るかも――。
「わぷっ」
考え事をしながら歩いていたら、背の高い誰かとぶつかった。
「あら、大丈夫かしら…まあ、ハートさん?」
「ミルフィーユさん!?お久しぶりです…あっ、ぶつかってごめんなさい。ちょっと考え事をしていて…」
慌てるハートに、ミルフィーユはいつもと同じように微笑んだ。
「お怪我はありませんか?」
「は、はいっ」
「それなら良かったですわ」
ミルフィーユの長い髪が、さらりと揺れた。その様子があまりにも綺麗だったので、ハートは少し見蕩れてしまった。
「何か悩んでいらっしゃるなら…アタクシで良ければお聞きしますわよ?口にすれば少し楽になるかもしれません」
サングラスの奥の瞳と目が合って、ハートは思わずドキリとした。
目に入った喫茶店に飛び込んで、突然の女子会。会いたいと思っていた人にすぐ会えて、一緒にお茶まで出来るなんてラッキーだ。
今日のわたしはツイているかもしれないと、ハートはいちごパフェを口に運びながら思った。
ハートが幼馴染の話をした時、ミルフィーユはとても真剣に彼女の話を聞いていた。
「…色んな方から、沢山の言葉を頂きました。いつか、彼にわたしの気持ち伝えられたら良いなと思っています」
「そうですの…伝えられると良いですわね」
「ミルフィーユさん…」
まるで自分のことのように、一緒に悩んでくれるミルフィーユを見て、ハートは嬉しくなった。
「あの、もしミルフィーユさんも、何か悩んでることとかあったら…わたしに、吐き出しても良いんですよ…誰にも言いませんから」
自分ばかり聞いてもらうなんて、何だか申し訳なくて。でも、余計なお世話だったかな。
俯くと、いちごパフェの赤が目に飛び込んできた。その赤色は、少しミルフィーユに似ている気がした。